「福島の声をトルコへ」― トルコ訪問報告 ―

木幡ますみ (6.2大阪集会での報告より抜粋、構成)

4月25日、イスタンブール

<日程>
4月21日 シノップ原発建設予定地へ
22日 シノップ集会中止・抗議の野外記者会見
23日 サムスンで講演会
24日 イスタンブールでラジオ出演
25日 イスタンブールで公開記者会見

■ 4月21日

シノップでの、21日の私の講演会と、22日の大集会・デモが、政府・内務省の19日の命令で中止させられたとのことで、入国を拒否されるのではないかと心配していました。しかし入国審査では、カウンターの高さがとても高いので、身長の低い私が飛び跳ねながら審査を受けようとする姿を見て、係の人が笑顔で入国手続きをしてくれました。

プナール・デミルジャンさん、森山拓也さん、佐藤大介さんと私は、イスタンブールから国内線の飛行機で、トルコ北部、黒海沿岸のシノップへ行きました。

チェルノブイリ事故の放射能が降り注いだシノップでは、2006年以降、毎年4月、原発建設反対の大集会・デモが行なわれてきました。2015年は4万人が参加したそうです。

昼ごろシノップの市街地に到着しました。シノップ市は人口約5万人、シノップ県では約20万人です。まずメティン・ギュルブズさん夫婦が経営する小さいけどすごくステキなホテルに荷物をおろしました。メティンさんは、SNKP(Sinop Nükleer Karşıtı Platform/シノップ反核プラットフォーム)のメンバーで、2年前、福島で行なったノーニュークス・アジアフォーラムに、プナールさんとともに参加した方です。

シノップは漁業町です。漁港には漁船がたくさん並んでいます。すぐそばに、市街地があり、ホテルやレストランや魚屋さんがあります。私は、3.11までにぎやかだった浪江町の請戸漁港を思い出しました。思い返せば、とてもぜいたくなことでした。双葉郡ではサケがたくさんとれます。とれすぎるとおすそ分けでたくさんもらって、ご飯のおかずにしても、味噌汁にしても食べきれず、「しゃけ、いらないよねえ」なんて言ったりするほどでした。もう絶対に戻ってこない暮らしです。

原発建設予定地

私たち4人と、SNKPのメンバー6人は、市街地から約15キロの原発建設予定地に、車で行きました。

周辺に自然保護地域も存在する、たいへん美しい地域なんですが、国有林の木が200万本も伐採されていて、無残な風景でした。森山さんが「1年前に来たときは一面、緑豊かな森だったのに。環境影響評価も完了していないのに」と言いました。

そこで、悲しい光景がありました。ずっと向こうから一頭の牛がこちらへ歩いてくるのです。不思議に思って聞いてみると、森林が伐採されたこの場所に、あの牛が飼われていた家があったんだそうです。だから、自分がかつて住んでいたところを思い出し、牛が自分の故郷に戻ってきているのでした。今の双葉郡を見ているような気がしました。

予定地の近くで、佐藤さんが持ってきた放射線測定器で空間線量をはかると、SNKPのメンバーたちが大注目でした。シノップ市街地よりだいぶ高いです。「32年前の放射能が樹木に残っているんだ」との声があがりました。

「こっちはウクライナ製。こっちは日本製、福島県では持っている人が多い」と説明すると、「値段はいくらか?」「どうしたら買えるのか?」と聞いてきました。佐藤さんがSNKPに贈呈しました。

SNKPの人たちと。左から2人目佐藤、4人目木幡 (撮影:森山、他の写真も)

予定地のとなり、トルコ最北端の灯台に行きました。黒海の景色もよく、観光客もたくさん来ていました。私は、灯台のある富岡町の小良ヶ浜漁港を思い出しました。

夜は、SNKPのメンバーたちと夕食会。テーブルにおかれているパンがおいしいので食べ過ぎてしまい、料理が出てくる前に、おなかがいっぱいになってしまいました。「地球の歩き方」によると、トルコのパンは世界一おいしいらしいです。みなさん、トルコに行ったら、食事のときにパンを食べすぎてはいけませんよ。トルコは、魚も肉も野菜も何でもおいしいです。

■ 4月22日

シノップでは2月6日に、原発の環境影響評価に関する市民公聴会が、推進側だけの参加で開催され、参加しようとしたシノップ市民たちやジャーナリストが警察によって排除されたそうです。

また、トルコ南部、地中海沿岸で、ロシアが建設するアックユ原発の起工式が4月3日に開催され、エルドアン大統領とプーチン大統領が共に出席しましたが、このとき、アックユ原発のあるメルスィン県では県知事がデモや集会の禁止令を出したということです。

このように、公正発展党(AKP)政権は、強権的に原発を推進するようになってきています。

4月22日、野外記者会見

22日のシノップ大集会・デモも中止させられたのですが、抗議の野外記者会見が行なわれました。市街地の広場のアタチュルク像の前で、数百人が参加しました。アタチュルクはトルコ共和国建国の父です。警察の妨害、規制などはなかったです。

記者会見で私は、福島原発事故被害の状況を伝え、最後に「シノップのような海の恵みにあふれた地域では、決して原発を作らせては駄目です。事故が起きなくても、原発周辺の魚の汚染が心配されて売れなくなります。事故が起きれば、生活も仕事もできない死んだ町になってしまいます。原発の建設は決してしてはいけません。だまされてはいけません。最後に泣くのはそこに住んでいる住民たちです。福島原発事故を起こした日本が、この美しいシノップに原発を輸出するなんて、絶対に許せません。なんとしても止めましょう」と訴えました。私の話を、皆さん一生懸命聞いてくれました。

トルコの皆さんはとても力づよく「座りこみでもなんでもやる!」と言っておられました。トルコでは女性も男性も同等の数くらい参加しており、明るさと強さが備わった国民性に感銘を受けました。

最大野党の共和人民党(CHP)の国会議員や、アンカラやイスタンブールからの著名人など、他のスピーカーの人たちは、原発反対のアピールとともに、集会・デモの中止に抗議し、「民主主義を守れ」などと、力強く訴えていました。

広場には、トルコのどこででも目にする、ゴマを大量にまぶしたリング状のパン「シミット」を売り歩くお兄さんがいて、私は、目が合ってしまうたびに何回も買ってしまいました。

記者会見には、高校生や大学生も、手作りのプラカードやバナーをもって、たくさん参加していました。デモがないので、記者会見のあと、大学生たちが「旧刑務所民俗博物館」に案内してくれました。1877年から1997年まで刑務所として使用されていて、投獄されていた学者、作家、政治家などについての展示もありました。刑務所をそのまま残し、こうした歴史を継承していくことは、とても大切だと感じました。日本の場合は、なんでも壊してきれいに作り変えてしまう気がします。そのまま実物を残して、負の遺産、歴史の影の部分であっても、伝えていこうとすることは重要ですね。国民性の違いが出ているのかなと思います。

デモの警備のために遠方から来ていた警官たちも刑務所の見学に来ていました。私が転びそうになったら、その警官の人たちが手を貸してくれたりしたのが印象的でした。

私が独房に入った写真は、フェイスブックでトルコの人たちに広まっており、人気です。

4月22日、野外記者会見

夜は、交流宴会です。魚がおいしいです。SNKP代表のカイハンさん、前代表のゼキさん、佐藤さん、おっさんたちは、トルコの蒸留酒「ラク」で乾杯しました。ラクは、無色透明ですが水を加えると白濁します。アラビア語圏ではアラックです。

トルコのみなさんは、歌って、踊って、陽気です。どんな方が来ても、一緒に歌おう、踊ろうで、誰が来ても仲間に迎え入れているようでした。福島原発事故で避難を強いられた人々は、作られた明るさ、作られた陽気さ、強いられる復興ではなく、本当の意味での楽しさ、明るさを奪われてしまっているのではないかと感じました。復興住宅などに慰問の人たちが来てくれますが、このような陽気さはありません。最後に「ふるさと」の歌ばかり歌わされて、楽しくない。自主避難の方々からも、「笑っても、心からの笑いじゃないんだよね」と言われたりします。こうした楽しさ、陽気さというのは、人間が生きていくために絶対に欠かせない基本的なもので、なくしてはならないということを、他国に行って改めて考えさせられました。

森山さんは、大学生たち6名と店をかえて夜中2時まで話し込んだそうです。未来の希望ですね。

日本人は、自分たちが原発事故で被害を受けたのに、なんでトルコに原発を輸出しようとするのでしょうか。トルコの人たちは、1890年に和歌山県沖で遭難したエルトゥールル号に乗っていた人たちを救助してくれたということで、日本の人々に対してとても親しみと恩義を感じておられます。しかし今回、「日本が建設した原発で事故が起きたら、私たちは日本人を恨みます」と言われてしまいました。福島原発事故の収束のめども立たないのに、なぜこんな自然豊かなところに原発を立てるのでしょうか。再生エネルギーを推進するために協力していく方が正しいのに、日本は全く逆のことをしようとしています。

■ 4月23日

朝、ホテルに、ハーレさんが訪ねてきてくれました。森山さんの映画「沈黙しない人々」にインタビューで登場した女性です。彼女と話し込みました。当初は運動を呼びかける立場だったそうですが、今は運動の中心から離れているようです。そういえばきのうの宴会もおっさんばかりでした。佐藤さんが「女性が前に出れば勝てます。アジアではどこでもそうです」と言いました。

シノップ在住の画家のセイットさんもホテルに訪ねてきてくれて、原発反対の風刺画をプレゼントしてくれました。

メティンさん夫婦に「また来ます」と、お礼をのべました。

バスで移動し、シノップ県のとなりのサムスン県へ行きました。サムスン市は人口40万人、サムスン県では120万人です。シノップと比べると大都会です。サムスンでも、シノップ原発反対運動が行なわれてきたとのことです。

トルコの反原発運動を支えている組織のひとつが、電気技師会議所(EMO)だそうです。そのサムスン支部主催で講演会が行なわれました。会場にはシノップ原発計画の危険性を示す大きなパネルが数枚展示されていました。50名ほどの参加でした。若者たちもけっこう参加していました。

私は、福島の原発事故被害の状況を、スライドで写真を見せながら報告しました。

■ 4月24日

イスタンブールへもどり、FM放送局の「アチュックラジオ」で、インタビューを収録しました。26日に放送されたそうです。

町会議員をやっている私が、いろいろな場所に呼ばれて講演したりすることを、他人からよく批判されます。「なんであんなことを発言したんだ?」「なんでそんなところに行ったんだ?」と、あれこれ言われるんです。あまりにも頻繁に言われているので、だんだんと気にならなくなってきました。ですから今回は、「トルコ、いいところだったよ~」と話してやったら、相手は羨ましがっていました。

反原発ドキュメンタリー映画「ニュークリア・アラトゥルカ(トルコ原子力狂騒曲)」の製作チーム、監督のジャン・ジャンダンさんや、プロデューサーのアイシェさんらと、シリア料理店で昼食を食べました。佐藤さんによると、日本の147名から、66万円の支援金を送ってあったのですが、完成は2年以上先の見込みとのことです。ジャン監督は「原発には、隠れた目的、つまり、核開発があるのではないか」と言ってました。

観光もしました。ヨーロッパとアジアを分けるボスポラス海峡のクルーズ船に乗りました。

繁華街を歩いていると、何やら人だかりです。まわりに多くの警官がいて、放水車も来ていました。しばらく様子をうかがい、弾圧はなさそうだと判断してから近づくと、百人ほどの人が「顔写真」などを掲げながら座り込んでいます。今日は「アルメニア人虐殺の日」なのです。1915年4月24日、イスタンブールに住んでいた250人ほどのアルメニア人知識人らが逮捕・追放されました。これを機にオスマン帝国領内でアルメニア人への弾圧が強まったため、この日は当時犠牲となったアルメニア人の追悼記念日になっているんだそうです。追悼集会をしている勇気に感銘を受けました。やった方は忘れても、やられた方は絶対に忘れないのです。

夕食は、イスラムについての著書が多い内藤正典先生御用達のレストランでした。

■ 4月25日

電気技師会議所(EMO)の事務所で、公開の記者会見がありました。70名ほどの参加者で満員でした。

私は、気合を入れて福島を伝えました。プナールさんも迫力で通訳してくれました。佐藤さんもノーニュークス・アジアフォーラムについて紹介しました。いくつかのメディアで報道されました。

1000軒もの店が入るグランドバザールへ行って、森山さんの提案で、黒海沿岸産の紅茶1kg、ヘーゼルナッツ1kg×2種、乾燥イチジク1kgを購入しました。持ち帰って、いわき市の放射能測定所「たらちね」で測定してもらいました。セシウム137、単位はKgで、紅茶は、36.1ベクレル、ヘーゼルナッツは、2.5ベクレルでした。32年経っても、紅茶にこれだけ含まれている事実がわかりました。恐いですね。

6月24日に、大統領選挙と、国会議員選挙がありますが、「もし、エルドアンと公正発展党(AKP)が大勝したら、昨年の国民投票で権限が強化された大統領となるエルドアンは、さらに強権的に原発を推進するだろう」と、トルコの人たちは言っていました。「反対の声が上げづらくなり、逮捕されることもあるだろう」「法改定され、トルコの反原発運動を支えてきた電気技師会議所も解散させられることになるだろう」とも言っていました。

三菱とアレバの「アトメア1」(110万kW)4基で、4~5兆円かかるそうです。伊藤忠は離脱しました。事業化に向けた調査は夏に終了予定です。原発輸出反対の声を広げたいと思います。

4月22日、野外記者会見

★ Q&Aより

私は大熊町でポチという名前の犬を飼っていました。2011年3月に避難するときには連れていくことができなくて、6月の一時帰宅の際に連れだしました。しかし保健所で診てもらったときに心臓疾患の可能性を指摘され、獣医さんに連れていくと、血管が細くなって心臓が弱っていると言われました。最終的には全身にがんができて2015年に亡くなりました。

火葬にしまして、最近、その遺骨を、やはり「たらちね」で測定してみたところ、3.39ベクレルのストロンチウム90が出ました。これは自然界にはないものです。東電の職員に事情を話して「これは原発事故で出た放射性物質なのではありませんか?」と問い詰めると、その人は下を向いてしまいました。

うちのポチは、一緒に飼っていたニャーニャーという猫たちを守ろうとしていたようで、動物たちだけで残された後、猫たちから離れず家の周りにずっといたようです。山の中などをあちこち出歩いてはいません。それでもストロンチウムが出たのです。原発で働いている人たちはどうなのでしょうか。これまでにも作業員だった方が病気になったりしていますし、亡くなった方もいます。恐ろしいことです。

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すべての人が帰れるようにするというのではなく、帰りたい人が帰れるように環境を整えることが大事です。

原発のデブリをこれから取り出すといいます。取り出してどうするのかと聞いたら、どこにも持っていく場所はありません。格納容器に入れて大熊町に置いておくのではないかと東電の職員に聞いてみたところ、その人はうなずいていました。デブリの持って行き先がないのもそうですが、デブリを取り出せるかどうかもわかりません。危険なことはやめたほうが良いのです。一番先に被曝して、一番先にひどい目に合うのは、地元の人たちなのです。今、福島原発の収束作業員として働いている労働者の中には、大熊町など地元の人たちが多いのです。安く使えるからです。半分以上が地元の人たちです。給料をやるから文句を言うな、と言われています。だから彼らは何もしゃべりません。

双葉郡の人たちも、トルコの人たちと同じように、よく歌ったり踊ったりしていたのです。相馬盆歌などですね。しかし今では、涙で踊って、涙で歌っていると話してくれた人がいました。

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●トルコでの木幡さんのスピーチからの抜粋

私は、福島県の原発事故が起きた地元大熊町で、原発から6キロのところに住んでいました。私はそこで農業をしていました。しかし原発事故によって家を追われました。今は、会津若松市で暮らしています。

大熊町は、今も放射能が高くて、一部分を除いてほとんど誰も住めません。私は原発事故後、国の「故郷に帰りましょう」という帰還政策に怒りを持ち、町民の命と暮らしを守らなければと思い、町議会議員に立候補して、現在、大熊町の議員として活動しています。大熊町役場と町議会は、100キロ離れた会津若松市にあります。

私は各地域に行って、原発事故後の大熊町や近隣町村の実態を知ってもらいたく時々お話をしています。私は原発は絶対反対です。これは私の基本理念です。

原発事故から7年が経ちましたが、原発に近い町村の人々はほとんど戻って来ていません。福島県全体の避難者は、最初16 万5000 人、現在でも5万人以上です。2017年春に政府が避難指示を解除した原発周辺の4町村では、約1年たっても住民の帰還率は4.3%(31501人のうち1364人が帰還)です。高齢者が多いです。

日本政府は、除染といわれる放射線量を下げる作業をしたからと言って、次から次と人々を帰還させ、復興、復興と喚いています。しかし、放射線量は下がったと言われますがでたらめです。山々の木々や草花にふり積もった放射能は取り除くことはできません。農作物、コメや野菜は作れません。放射能が高い地域でも、帰還しなさいと、国は脅しをかけているような状況です。

人々は7年間の年月の中で、身も心も疲れ果て、自ら命を絶ったり、病に倒れた方々がたくさんいます。病気や自殺などの原発関連死者は2227人です。

原発の廃炉作業は先が見えません。現在、福島原発内で毎日5000人の労働者が被ばくしながら作業しています。壊れた原発の1号機から3号機までのデブリ(とけ落ちた核燃料)の取り出しはこれからで、とても高い放射線量の中での作業です。できるのでしょうか? 50年以上かかると言われています。またできたとしてもその核廃棄物は何処にも持って行きようがありません。それに、放射能汚染水は、タンクに、今、100万トンたまっています。放射能汚染水を海に流す訳にはいきません。

子供たちの甲状腺癌の多発が大きな問題になっています。福島県で甲状腺癌になった子供は197人(疑いを含め)です。甲状腺癌の手術を施した後でも癌が消えず、肺癌に移行している子供がいます。これからもまだまだ多くの病気が出てくるでしょう。

漁業は、原発事故後、海水の放射能汚染でできませんでした。今は操業再開されましたが、福島県では一部地域、それも一部の限られた海産物しか捕れませんし、捕れたとしても厳しい放射能検査があり、簡単に捕って売れる訳ではありません。福島県の漁師さんたちは、漁業をあきらめ、別の仕事を求めていかれた方が多いです。

トルコの人たちは日本に好意をもってくれていますが、原発が輸出されたら、日本をきらいになってしまうでしょう。私は原発輸出に反対します。

原発の建設は決してしてはいけません。だまされてはいけません。福島原発事故を起こした日本が、美しいシノップに原発を輸出するなんて、絶対に許せません。なんとしても止めましょう。

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★木幡さんについての報道記事

<4月25日>

Fukuşima tanığı Masumi Kowata ile 5 gün…


http://bianet.org/bianet/ekoloji/196526-fukusima-tanigi-sinop-ve-akkuyu-bizim-kasabamiza-benzemesin
http://www.cumhuriyet.com.tr/haber/cevre/964406/Fukusima_tanigi_Masumi__Birlikte_hareket_etmemiz_gerekiyor.html
http://www.emo.org.tr/genel/bizden_detay.php?kod=123326&sube=6(動画)
https://www.rtigercek.com/japonlar-sinop-taki-nukleer-santralden-cekilecek-iddiasi
https://jinnews.com.tr/EKOLOJ/content/view/82170

Basın açıklaması ve söyleşi I Çernobil faciasının 32. Yılında, nükleer santralların etkileri

<4月24日>
http://acikradyo.com.tr/etiket/masumi-kowata(Açıkラジオ)

<4月22日>
http://hbr.haber57.com.tr/genel/nukleer-santral-protesto-edildi/6617/

“Nükleer santral istemiyoruz” diyen Sinoplular, miting yasağına rağmen bir araya geldi: Buradayız!


https://www.birgun.net/haber-detay/yasam-savunuculari-nukleere-karsi-tek-ses-izin-vermeyecegiz-213197.html

SANTRALİN KURULACAĞI BÖLGE DEPREM BÖLGESİ


http://www.hurriyet.com.tr/nukleer-karsiti-platform-uyeleri-sinopta-bir-a-40813478

(ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.152より)

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PDF 4996ページ
・インドネシア・台湾への原発輸出反対運動の記録他
・国別目次をクリックすると記事に飛べます

■ ノーニュークス・アジアフォーラム通信(No.1~144)
■ ストップ原発輸出キャペーン通信
■ 第1回NNAF報告集(全国28ヶ所で集会。高木仁三郎・藤田祐幸・金源植など各国からの発言)
■ 神戸・環太平洋反原子力会議報告集
■ 第8回NNAF報告集

定価10000円 (NNAFJ会員価格3000円)送料共
事務局にお申し込みください → sdaisukeアットマークrice.ocn.ne.jp
参考:NNAF通信・主要掲載記事一覧.国別 http://nonukesasiaforum.org/japan/article_list01

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★ノーニュークス・アジアフォーラム通信152号(6月20日発行、B5-28p)もくじ

・「福島の声をトルコへ」トルコ訪問報告(木幡ますみ)
・「福島原発事故体験者・木幡ますみと過ごした5日間」(プナール・デミルジャン)
・シノップ反原発集会に禁止令
・イスタンブール反核プラットフォーム・声明
・2018年トルコ総選挙 各党の原発政策(森山拓也)
・誰のための原発輸出? 日英市民に押し付けられるコストとリスク(深草亜悠美)
・人々の命より生産性を優先させるのか?
バングラデシュの原発開発の問題点(モヒミーン・レイエス)
・インドとパキスタンよ 今すぐ核兵器を放棄せよ!
核実験から20年目の市民アピール
・インドネシア・西ジャワ州チレボンおよびインドラマユ石炭火力発電所への
日本の公的融資停止を求める国際要請書を日本政府に提出(波多江秀枝)
・「とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会」結成(柳田真)

年6回発行です。購読料(年2000円)
見本誌を無料で送ります。事務局へ連絡ください
sdaisukeアットマークrice.ocn.ne.jp

★NNAF通信・主要掲載記事(No.1~152) http://www.nonukesasiaforum.org/jp/keisaikiji.htm

★本『原発をとめるアジアの人々』推薦文:広瀬隆・斎藤貴男・小出裕章・海渡雄一・伴英幸・河合弘之・鎌仲ひとみ・ミサオ・レッドウルフ・鎌田慧・満田夏花http://www.nonukesasiaforum.org/jp/136f.htm

旧刑務所の独房

 

「「福島の声をトルコへ」― トルコ訪問報告 ―」への1件のフィードバック

  1. 誇りが持てる日本人でいたい。

    相馬盆歌は収穫の喜びの歌。
    みんなで喜びを分かち合う踊り。
    それを涙で踊り、涙で歌うものに替えてしまう原発。
    私は許さない。

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