脱核新聞 23年5月号 (聞き手・まとめ/小原つなき編集委員)
キム・ヨンチョル氏は、全羅南道麗水市の「ヨジャ湾」の真ん中に位置するヨジャ島で生まれ育った。幼い頃から家族が漁業で生計を立てるのを見ながら海と共に生きてきた。若い頃はソウルで生活したこともあるが、15年前に故郷に戻り、ハイガイの養殖業を営んでいる。漁業が生業だが、漁民が直面する様々な問題を解決するために活動する、自称「漁民活動家1号」だ。
(インタビューの後に、キム・ヨンチョル氏が「6.20 汚染水を海に流すな!福島行動」に寄せたメッセージを掲載)
― 汚染水の放流計画に関して韓国の漁民たちはどう思っているか
初めて知らせを聞いたとき、本当に呆れた。日本政府や国際原子力機関(IAEA)などは安全だと主張しているが、そんなに安全なら、なぜすぐに海に放流せずこれまでタンクに保管してきたのか聞きたい。放っておいてはいけない問題であり、政府や政界が先頭に立って阻止しなければならないと思う。
韓国の漁民の立場としては、水産物の消費萎縮や減少について心配せざるをえない。汚染水が放流される瞬間、韓国の水産業と漁業は滅びると思う。ほとんどの漁民は、その点について深く心配している。
― 汚染水の放流を防ぐために、どのような具体的な行動をしているか
漁民の特性上、行動を一致させることは非常に難しいことだ。社会構成員の中で一番組織化が難しい職業群が漁民だと言っても過言ではない。何日も海に出て荒々しい波と闘い魚を捕る漁民もいれば、私のようにいろいろな養殖業を営む漁民もいる。同じ水産業でも業種によって生活パターンが非常に多様だ。しかし、海で生計を立てる漁民として共同で対抗しなければならない課題に向かって力を合わせる必要がある。
私は昨年、全国漁民会総連盟を結成した。「包括的・漸進的環太平洋経済連携協定(CPTPP)に対して、漁民の声をあつめて対応するためだった。福島の汚染水への対応も同様だ。漁民の生計がかかっている問題なので、漁民自らが乗り出すべきだと思う。全国漁民会総連盟は汚染水の海洋放出に反対するために、これまで海上デモや集会を行ってきた。今後も、ソウルの国会や光化門、龍山(ヨンサン)大統領室前で大規模な漁民集会を開くことを計画している。
― 漁民は政府や自治体の対応をどう見ているか
韓国政府の対応は弱すぎると思う。このようなやり方なら、汚染水の海洋放出を既成事実と認め、日本政府に免罪符を与えるのと同じだ。政府は漁民の生存権だけでなく、国民の食と生命、安全な未来を守る義務がある。汚染水の海洋放出がひとたび始まれば、あとで後悔しても取り返しがつかない。韓国政府は海洋放出されれば、海水と水産物に対する放射能検査を強化し、水産物の消費のための広報に重点を置くと話しているが、後の祭りだ。汚染水の海洋放出を実質的に防ぐために、韓国政府ができることはすべてしなければならないと思う。そして自治体と市民社会、国民が皆一丸となって対応してほしい。
― 汚染水の海洋放出に関する市民団体の反対行動を見たことがあるか
市民社会団体が先頭に立って問題解決に努めているのを見て、漁民の一人として感謝している。最近、私が住んでいる光州・全羅南道地域でも、「放射能汚染水海洋投棄阻止・光州全南行動」が結成されて私も参加している。惜しい点があるとしたら、与・野党の政治グループがこの問題を政争に利用する傾向があるということだ。客観的な根拠と人類共通の常識でこの問題を見つめ、阻止のために立ち向かうべきだと思う。また、一般市民がよく理解し、関心を持つように大衆的な広報がもっと必要だと思う。
― 2011福島原発事故当時に受けた打撃は
福島原発事故が発生し、放射性物質を含む海水が韓国にも流れてくるという報道が出た時、国内の水産物の消費が40%減少した。
今回の福島原発汚染水の海洋放出が現実になれば、再び水産物の消費を忌避する現象が起きるだろう。アンケート調査によると、回答した国民の80%以上が、福島の汚染水が海洋放出されれば水産物の消費を控えると回答したという。ため息が出るばかりだ。
一部の漁民は、韓国政府が汚染水の海洋放出を防げないのならば、むしろ、知らんぷりして静かにした方が得策なのではないかという。また、海はすでに核保有国の核実験で十分に放射能で汚染されているため、福島の汚染水について騒がないほうがいいという人もいる。しかし、私はそうは思わない。放射能が私たちの体に有害だということは変わらない真実だ。だから、当然多くの人がこの問題について知らなければならず、反対しなければならないと思う。
― 漁民にとって海はどんな存在だと表現できるだろうか
海は、私の生業であり、人生であり、母の懐のような暖かい場所だ。私たちが海を捨てれば海も私たちを捨てると思う。だから私は海を大切にして、いつまでも守りたい。海を含めて、地球というものは、どの国に所属するものでもなく個人の所有物ではない。
地球を病ませ、人間の生命に危害を加える放射能汚染水の海洋放出は、必ず防がなければならない。言葉だけでなく行動で実践できるよう市民社会が共に力を合わせなければならないと思う。
― 最後に言いたいことは
汚染水の問題だけでなく気候危機など、多様な要因で海がますます病んでいる。海で生計を立てている漁民にとって深刻な現実だ。政府をはじめとする行政は「魚類資源保全」という名前の下に、漁民に各種規制を加えているが、海を誰よりも理解し大切にしているのは他でもない漁民だ。だから規制だけするのではなく、漁民が自ら海を守る自由、主体性と自律性が認められることを願う。
日本でも汚染水の海洋放出を望む漁民は一人もいないと思う。日本政府と東京電力は、何よりもまず、彼らの声をきちんと聞かなければならない。そうすれば答えは自然に出てくるだろう。
韓国・全国漁民会総連盟の執行委員長、キム・ヨンチョルさんからのメッセージ
(6月20日福島市での「汚染水を海に流すな!福島行動」で代読されました。以下、抜粋です)
福島第一原発事故で発生した汚染水の海洋放出を阻止するために、日々奮闘されている日本の市民の皆さん、福島の漁民の皆さん、こんにちは。私は、漁業を生業とするキム・ヨンチョルと申します。
海は私たち漁民にとって生活の基盤です。生涯、海だけを見つめながら暮してきました。海は、住み慣れた我が家であり、仕事場であり、家族・友人のような人生の同伴者でもあります。海にいつも感謝の気持ちを捧げながら生きてきました。
それなのに、隣国の日本が原発事故で発生した放射能汚染水を海に捨てるというとんでもない計画を立ててしまいました。この知らせをはじめて聞いたとき、私はたいへん驚き、慌てずにはいられませんでした。汚染水の海洋放出は、私たちのような漁民の暮らしだけでなく、この大切な海を滅ぼすということです。
完全に安全だと検証されるまで、汚染水を一滴も海に流させないようにする道だけが、いま私たち漁民が全力でとりくまなければならないことだと思います。私たちが沈黙すれば、日本政府は私たち漁民が海洋放出に同意したと理解するでしょう。
韓国で汚染水の海洋放出に不安を感じる人たちは、すでに海産物の消費を控えるようになっています。すでに被害が出始めています。海洋放出が現実になれば、私たち漁民の生計は完全に破綻するでしょう。私たち漁民は生きていけなくなります。
ひとたび汚染水が海に捨てられると、再び拾い集めることはできません。子供たちに核汚染のない海を譲り渡すために最善をつくしましょう。尊敬する日本の市民の皆さま、漁民の皆さま、韓国と日本という国境を越え、「汚染水の海洋放出を阻止する」というたった一つの目標に向けて、最後まであきらめず、共に頑張って闘い抜きましょう!
*関連【 放射能汚染水海洋投棄反対、全国漁民大会 】
― 全国漁民2000人、第2回全国行動の日(6月12日)に参加 ―
https://nonukesasiaforum.org/japan/archives/2692