【脱原発の台湾から来日】さようなら原発全国集会での発言・講演「アジア初の非核国家へ」、 映画「こんにちは貢寮」日本語字幕版Youtube公開

緑色公民行動連盟の崔愫欣さんと林正原さんが、9月21日大阪、22日東京で、講演を行い、23日は、さようなら原発全国集会(代々木公園、4500人)でアピールしました。

さようなら原発全国集会での発言/崔愫欣

      左から、劉霊均さん(通訳)、崔愫欣さん、林正原さん
(*映像:https://www.youtube.com/watch?v=ABVdVG-4pRQ  57:22~ 崔愫欣さんの発言)

みなさん、こんにちは。私は台湾緑色公民行動連盟の事務局長、崔愫欣(ツイ・スーシン)と申します。台湾における反原発運動の現状についてご報告いたします。今年の5月17日、最後の原子炉が正式に稼働停止し、台湾は「原発ゼロ」の時代に突入しました。

台湾には3か所、計6基の原発がありました。第四原発は市民の反対運動で、建設を遅らせ、稼働を阻止しました。2011年の福島第一原発事故は台湾に強い影響を与えました。反原発運動が拡大し、2013年には22万人デモを行ないました。2014年、台北駅前の道路を5万人が(15時間)占拠しました。翌朝、警察に排除されましたが、政府は第四原発の建設中止を宣言しました。

2016年に政権交代し、民進党政権は脱原発政策を進めました。しかし野党など原発擁護派は、脱原発に抵抗してきました。直近では8月23日に行われた第三原発再稼働の国民投票でしたが、投票率が足りず、再稼働は否決されました。しばらくは、原発ゼロが続きます。

老朽化した原発を再稼働してはなりません。原発擁護派の活動が続くので、私たちは引き続きたたかっていきます。

最後に、長年にわたって反原発の活動を行ってこられた日本の皆様に感謝申し上げます。
アジアの原発ゼロに向かって、いっしょにがんばりましょう。

「アジア初の非核国家へ」(大阪・東京での講演より抜粋)

崔愫欣・林正原 (通訳:劉霊均)

*講演会(22日)の録画:https://youtu.be/r3gq5xRy60E (映像提供:FoE Japan)

【崔愫欣】皆さん、はじめまして。私は台湾緑色公民行動連盟の事務局長のツイ・スーシンといいます。また私は、全国の反原発プラットフォーム(全国廃核行動平台)のスポークスパーソンとして、反原発団体のネットワークに関わっています。

今年の5月17日に、最後の原発が運転を終了して、原発ゼロになりました。

第一原発、第二原発、第三原発は、1970年代、1980年代に建設されて、その後、第四原発の計画が始まりました。1986年に、チェルノブイリの原発事故が発生しました。原発予定地の近辺の人々は不安を感じました。それで、第四原発の地元の方々は1988年から反対運動を始めました。

さまざまな反対運動によって、第四原発の建設は遅れました。そして、2011年に福島第一原発の事故。これが台湾に与えた影響は非常に大きかった。同年11月に国民党政権は、第一原発から第三原発の寿命を延長しないと宣言します。ただし、第四原発の建設は続行するとしました。

台湾の人々は、いろいろな団体を作って、第四原発反対運動を始めました。2011年、2012年、2013年、毎年1回ですね、デモを行っています。最初の1.4万人から2013年のときは22万人です。

2014年4月27日、5万人のデモ隊が、台北駅前の(8車線)道路を占拠し、一晩中ずっと座り込みました。翌朝、警察によって排除されたんですけど、政府は、第四原発の建設を凍結すると宣言しました。写真をご覧ください。人々が座り込んでいて、通勤ラッシュのバスが通れなくなったという写真です。

2015年に蔡英文は、その後2期8年総統を担当した人なんですけど、「原発ゼロ政策」というマニフェストを公表しました。2016年の総統選挙で民進党の蔡英文が勝ちました。「原発ゼロ政策」は正式に国家政策になりました。

次に、国民投票(公民投票)に関して、私の同僚の林さんに説明してもらいます。


【林正原】皆さんはじめまして。私はリン・ジォンユェンといいます。緑色公民行動連盟の研究員を務めております。主に、エネルギー転換と原発について担当しています。

台湾では2005年に国民投票法ができましたが、国民投票を成立させるハードルが高かったので、なかなか国民投票が成立しなかったんです。それで2016年に与党の民進党が法改正をしました。

どのような法修正があったかというと、 一番重要なのは、可決要件の変更です。これまで投票率が50%以上で、2000万人の有権者のうち1000万人が投票しないと可決できなかったが、2016年の法改正後は、賛成票数が有権者総数の4分の1、つまり500万人を超えることが可決の要件になりました。

民進党政権のエネルギー政策に不満の人たちは、この改正を利用して、いろいろな挑戦、チャレンジをしてきました。原発に関する3回の国民投票です。2018年の電気事業法改正の投票、2021年の第四原発の稼働を問う投票、2025年の第三原発再稼働の投票です。

2018年の国民投票では負けましたが、「2025年までに原発を全て停止する」という条文を廃止しただけで、この条文が廃止されたからといって、第一原発、第二原発、第三原発の寿命延長とか、あるいは第四原発の稼働が自動的に認められたわけではありません。

そこで、原発擁護派の人たちは、2021年に第四原発の凍結を解除するという国民投票を提案しました。しかし、第四原発の稼働に反対する票(426万)が賛成票(380万)を上回り、否決されました。
 
2025年5月17日に第三原発2号機の運転終了が予定されていたので、その1ヶ月前に台湾の第2野党の民衆党が、第三原発再稼働の国民投票を国会で提案しました。国民投票の主文は問題があって「あなたは、第三原発が主管機関によって安全上の懸念がないと確認された場合、運転を継続することに賛成しますか」と。つまり誤解されやすい聞き方です。
 
5月20日の国民投票決定から8月23日の投票日までわずかの95日間。私たちはリーフレットを作って、第三原発再稼働の反対理由を説明しました。皆さんの手元には、この黄色いリーフレットがありますので、ご覧になっていただければと思います。

反対理由、まず、電力不足の問題なんてない。そして、もし電力不足がおきたとしても原発とは関係がないと書いています。

次に、第三原発は40年も運転して老朽化した。長期間、放射線にさらされ、部品が劣化していて危険だ。そもそも第三原発の原子炉は活断層の真上にある。


そして、第三原発を再稼働させるためには、すごいお金がかかるし、何年もかかる。
 
さらに、もし本当に中国との戦争が発生した時には、原発は真っ先に攻撃の標的になるのではないか。

また、台湾は、IT産業でもAI産業でもグリーンエネルギーを必要としていますが、原発はグリーンエネルギーではない。Apple、TSMC、NVIDIAなどのハイテク大手が求めているのは100%のクリーンエネルギーです。それは原発ではない。

世界全体でのグリーンエネルギーへの投資額は、すでに原発への投資の27倍にも達しているんです。
 
やはり一番大きな問題は、核廃棄物の問題です。解決されていません。台湾ではいまだに、最終処分場を作る場所が見つからない。これは、もちろん台湾だけではなく、世界中で共通する難しい問題です。
 
私たちは様々な抗議活動も行ってきました。今年の5月13日の原発延長法案の国会採決の前日には、国会の前で1000人の抗議集会を行いました。

第三原発のある南部の屏東県では、8月15日に1000人、20日には6000人も集まって抗議集会を行いました。周春米さんという女性の県知事も参加しました。

国民投票の結果は、再稼働に同意が430万でしたが、成立要件の500万に届かず、否決となりました。

今回の国民投票は不正義な国民投票ではないかと私たちは思います。そもそも全国の人が投票して、第三原発所在地の屏東県の人たちの運命を決める、高いリスクを背負わせる、ということ自体が非常に不公平ではないかと思います。

この国民投票は、第三原発を再稼働すべきかどうかというよりも、二つの野党が与党を攻撃するためにしかけた政争に過ぎませんでした。だから後ろで動員していた。しかし、投票率は30%しかなかった。大多数の人々は関心がなかったと言えます。
 
国民投票は終わりましたが、問題は残っています。まず、国会ではですでに5月13日に法改正がされ、原発の20年間の運転延長に関する規制が緩和されました。

また、現職の頼清徳総統はそもそも原発にさほど反対していないのではないかという問題があります。頼総統は、原発を使用するためには三つの大きな原則があると言っています。一つ目は、原発の安全性に問題がない。二つ目は、核廃棄物の処理に解決策がある。三つ目は、社会的合意が得られる。このような三つの条件が揃ったら、台湾政府として先進的な原子力技術の導入を排除しないという立場を示しました。

頼総統が言った先進的な原子力技術とは、たぶんSMR、小型モジュールの原発です。しかし、この三つの原則を達成して、原発を再稼働させたり、あるいは新しい原発を導入するのは、実は非常に困難ではないかと考えられます。

また、台湾の国営電力会社の台湾電力は、原発の安全点検を行うと自ら提案しました。この点検は、老朽化などの状況を把握するものですが、再稼働可能かどうかという判断につながります。しかし安全点検には、2年間、あるいは3年間くらい時間が必要とされます。点検がすんですぐ再稼働させるのも無理です。内部のいろいろな部品の更新をしないといけないので、結局5年から10年の時間がかかるのです。だから原発を再稼働させるのは、さほど簡単なことではありません。

世界中で今さかんに原子力ルネサンスと言われています。台湾政府は、アメリカの官僚、議員、産業界などのロビー活動の影響を受けて、老朽化した原発の再稼働、あるいは小型モジュール炉SMRなどの新しい技術を導入することを検討しています。

【崔愫欣】台湾政府は、老朽化した原発の延長運転、再稼働に向けて新たな安全基準を策定しています。私たちの目標は、その安全検査の基準を厳しくすることによって、再稼働させないようにすることです。

また、核廃棄物の問題はまだ解決されていません。とくに、使用済み核燃料に関しては、まだ処理場の場所すらも選んでいない。私たち民間団体は、議論を始めることを提案しました。政府は、この議論に応じて、ちゃんと最終処理場の法律、場所選定の法律を作らなければならない。

第三原発は、台湾の一番南の果ての屏東県にあって、自分とは関係ないと思う人が非常に多いんですけど、再稼働して原発の廃棄物はどこに置くかっていう話題になって、自分が住んでいる県に置くかもしれないということになってしまうと、今度は自分のこととして考えるようになります。たとえば、国民投票の結果で再稼働賛成票が非常に多い県に、「じゃあ核廃棄物はあなたが住んでいる県に置いていいですか」と質問したら、住民はみんな大きな反対の声をあげました。このように議論することによって、市民の皆さんにこの問題の本質を理解してもらうことができます。

台湾のもう一つの問題は、みなさんご存知のように、常に中国の軍事的脅威に直面しています。もし台湾の海岸を封鎖されたら、LNGの輸入ができなくなってしまいます。私たちは、やはりそれでも原発は選択肢ではないと強く主張したいです。なぜなら、ロシアによるウクライナ侵攻を見てわかりますが、原発の存在はそもそも攻撃の標的になってしまうので、非常に危ない存在になってしまいます。もし戦争が発生してしまったら、まず原発を止めなければならないと思います。やはり原発よりも、分散式の再生エネルギー発電の方が、戦争時には安全で安定なエネルギーです。

原発ゼロ、再生エネルギーを中心とするエネルギー供給のモデルを台湾でこれから作っていきたいと思います。

すでに、原発ゼロの時代に突入したんですけど、でも台湾ではまだ激しい議論があって、政治的な紛争もあって、まだまだ確定的なものにはなっていません。私たちは、これからも引き続き努力していきます。
 
台湾の反原発運動は台湾のものだけではなく、アジア、さらには世界中の反原発運動にもつながっていると思います。世界の原発を使いたい国々と原発を推進している勢力は、実は手をつないでいます。だからこそ、私たちの原発反対運動も、ちゃんと手をつないで連帯しないといけないのではないかと思います。

映画 こんにちは貢寮(こんりゃお) 日本語字幕版 Youtube公開

                  (クリックすると見れます)

日本から輸出される原発を止める住民の闘いを、6年かけてドキュメンタリー映画にした崔愫欣(ツイ・スーシン)。 2005年以降、日本各地で上映会が行われ、国境を越えて多くの共感が寄せられた。ゴールかとも思えたその映画は、しかし台湾の脱原発へ向けた彼女にとってのスタートだった。

夏には多くの海水浴客が訪れる台湾北東部の美しい海岸、貢寮。戒厳令の下、住民が知らないうちに、そこは台湾4番目の原発予定地とされてしまった。しかし現地の人々は自ら学び、反対を始める。その渦中、1991年一人の青年 林順源さんが無実の罪で投獄された。それから7年後、一人の女子学生が獄中の青年に手紙を書き始める。進んでいく工事のこと、それでも反対を貫く人々のこと、そして志半ばに亡くなっていく老人たちのこと。その学生が2004年に完成させたドキュメンタリー映画がこの「こんにちは貢寮」だ。

今回、監督の崔愫欣に許可をいただき、日本語字幕付きでノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンが公開することができました。

下記は、2005年から11年に行われた上映会用のプロモーションページです。参加者の感想や、その後の林順源さんの写真などを紹介しています。併せてご覧ください。(とーち)
https://nonukesasiaforum.org/gongliao/

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信196号
(25年10月20日発行、B5-28p)もくじ
 

・【脱原発の台湾から来日】 さようなら原発全国集会での発言 (崔愫欣)

・アジア初の非核国家へ (崔愫欣・林正原)

・映画 こんにちは貢寮(こんりゃお)日本語字幕版 Youtube公開 (とーち)              

・韓国ハンビッ原発1号機 永久停止宣言文 (ハンビッ原発対応湖南圏共同行動ほか)

・老朽核発電所の寿命延長は気候不正義だ ― コリ2号機寿命延長審査を中止せよ
   (927気候正義行進組織委員会)

・フィリピン原子力新法と欠陥世論調査による政府の拙速を警告する
   (非核バターン運動)

世銀・ADBが原発支援を解禁!?  国際署名にご協力を! (満田夏花)
https://nonukesasiaforum.org/japan/archives/3370

・柏崎刈羽原発の再稼働を許さない (菅波完)

・再稼動の是非は私たち県民が決めたい (小木曽茂子)

・経産省前テントひろば14周年集会での発言 (武藤類子)

・核廃棄物中間貯蔵施設建設計画、上関町と周辺自治体の状況 (中川隆志)

・核ゴミ処分場と泊原発再稼働に反対する (井上敦子)

・JCO臨界事故から26年 (大泉実成)

・意見陳述「命と人権を守る立場に立った、正当な判決を!」 
   (311子ども甲状腺がん裁判・原告8さん)

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp

【脱原発の台湾から来日!講演会開催】

【脱原発の台湾から来日!講演会開催】 
 今年2025年5月17日に、最後の第三原発2号機が運転を終了し、原発ゼロを成し遂げた台湾。のちに再稼働の賛否を問う公民投票の実施が決まり、8月23日に投票が行われました。結果は、同意票数が成立要件に届かず「否決」。市民が再び脱原発を勝ち取りました。  揺れ動く台湾で何が起きていたのか、市民はどのような取り組みをしていたのか…。緑色公民行動連盟(GCAA)の崔愫欣さんと林正原さんが来日し、講演会を開きます。ぜひご参加ください!  

★ 大阪 9月21日(日) 17:30~19:30 PLP会館4F(JR天満駅)
参加費:1000円 
主催:ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン(080-6174-8358)
共催:老朽原発うごかすな!実行委員会  

★ 東京 9月22日(月) 15:00~17:00 衆議院第一議員会館・第6会議室
(14:30から入館証を配布します) 資料代:1000円  
主催:原子力資料情報室(03-6821-3211)、国際環境NGO FoE Japan、原子力市民委員会
協力:さようなら原発1000万人アクション実行委員会、ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン
※22日はオンラインあり。登録はチラシのQRコードまたは https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_15R8vTx2QYmKAAQVlajpWQ  

★「さようなら原発全国集会」 9月23日(火・休) 11:00~ 代々木公園
13時より、ミニステージおよびメインステージで発言します  

(上のチラシを広めてくれる方、連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp
20枚でも100枚でもすぐに送ります。チラシの裏は下記です)  

<台湾の原発>
 台湾では国民党軍事独裁の38年間におよぶ戒厳令の下で、第一、第二、第三、各2基ずつ計6基の原発が建設され、78年~85年に運転開始しました。さらに第四原発建設が計画されましたが、87年戒厳令解除後の民主化運動において、第四原発反対運動がその大きな軸となりました。  

<福島原発事故を契機に>
 2011年、「福島原発事故を繰り返してはいけない」と台湾の反原発運動は再び大きく燃え上がり、2012年になると誰でも参加しやすい柔らかな運動が台湾全土に広がりました。2013年に、126団体(その後200団体)が全國廢核行動プラットフォームを結成し、22万人デモ(人口比で日本なら100万人デモ)を実施しました。そして、2014年4月27日、5万人のデモ隊が台北駅前の8車線道路を15時間にわたって占拠、座り込みました。こうした闘いの結果、98%完成していた第四原発の建設は凍結されました。台湾の人々は、日本が輸出してしまった原発の稼働を阻止してくれたのです。  

<アジア初の脱原発>
 2016年に民進党政権は「非核家園(脱原発)」政策を確定し、2018年に第一原発1号機が40年の寿命で廃止となり、それ以降、次々に1機ずつ廃止となり、そして今年5月17日に、最後の第三原発2号機が運転を終了し、台湾は原発ゼロとなりました。長年の民衆の運動が実を結んで、アジア初の脱原発を成し遂げたのです。  

<虎視眈々と再稼働を狙う原発推進側と公民投票>
 しかし、5月20日に立法院で、野党の民衆党と国民党が賛成し、第三原発の再稼働の賛否を問う公民投票の実施が決まり、8月23日、公投が行われました。結果は、再稼働同意434万、不同意151万。しかし同意票数は、公投成立要件の500万票(有権者総数2000万人の1/4)には届かず、公投法の規定により、結果は「否決」となりました。  票数で言えば賛成が上回っていますが、投票率は29.5%で過去最低でした。全國廢核行動プラットフォームは声明で「今回の公投は、立法院が提案した初の公投だ。広範な民意の署名を経た公投ではなく、野党による意図的な政争の具にすぎない。多くの市民が政争による公投を嫌悪し、投票に行かないことを選んだ」と述べました。なぜ台湾南部屏東県の問題を、台湾全体の公民投票で決めようとするのか、という抗議の声も多く上がっています。今後も民衆党と国民党は原発推進の攻撃をしかけてくると思われますが、台湾の人々は脱原発を守り抜くでしょう。  

<台湾の反原発運動の最前線に立つ若者たちと出会おう!>
 9月23日の「さようなら原発全国集会」(東京)に参加するため、緑色公民行動連盟の事務局長の崔愫欣(ツィ・スーシン)さんと、スタッフの林正原(リン・ジョンイェン)さんが、来日します。あわせて、大阪で21日、東京で22日、台湾の脱原発運動の現状を報告していただきます。緑色公民行動連盟は、全國廢核行動プラットフォームの事務局団体であり、ツィ・スーシンさんは2013年、14年のデモの総指揮者です。この貴重な機会にぜひ、台湾の反原発運動の最前線で活動するお二人に出会っていただきたいと思います。

台湾市民は、政争による公民投票を嫌悪し、第三原発再稼働を否決した

台湾第三原発の再稼働の賛否を問う公民投票(国民投票)が8月23日に行われ、同意票は434万1432票、不同意票は151万1693票でした。投票率は29.53%で、同意票は有権者総数の21.7%でした。

しかし同意票数は、公投成立要件の500万523票(有権者総数2000万2091人の1/4)には届かず、公投法の規定により、結果は「不成立」となりました。一安心です。

この公投は、野党の民衆党が立法院に提案し、民衆党と国民党が賛成し通過したもので、公投の主文は「主管機関が安全上の懸念がないと確認した後、第三原発の運転を継続することに同意しますか」という巧妙なものでした。

民衆党と国民党は、今後も原発推進の攻撃をしかけてくると思われますが、台湾の人々は脱原発を守り抜くでしょう。ともに頑張り、応援を続けましょう。

台湾市民は、政争による公民投票を嫌悪し、第三原発再稼働を否決した

全國廢核行動プラットフォーム・声明 8月23日 (抜粋)

不同意票を投じてくれたすべての人に感謝する。また投票という行動には至らなくとも、反核の理念を堅持し続けてくれた人にも感謝する。

立法院が5月20日に第三原発再稼働公投案を通過させてから、わずか95日間で全国的な公投が拙速に実施された。

8月23日の投票結果は、同意票が500万票の公投成立要件に達しなかったため、否決された。

2017年の公投法改正以降、台湾は「大公投時代」に入った。今回の投票率は30%未満にとどまり、公投法改正後15件の中で最低の投票率となった。これまで公投が選挙と切り離されても、投票率は4割を超えていた。

今回の公投は、立法院が提案した初の公投である。広範な民意の署名を経たものではなく、野党による意図的な政争の具にすぎない。そのため、市民がこうした政争工作を見抜き、投票に行かないことを選んだのは当然である。

廃核行動プラットフォームは、今回も積極的に参加し、正確なエネルギー・原子力情報を伝えた。しかし、立法院が拙速に公投を発動したため討論の時間は不足し、社会全体での情報共有も不十分であった。

多くの人々が、「手続的にも実質的にも、正当性のない公投は受け入れられない」として、投票拒否によって不満を示した。このことも低投票率の一因である。

今回の公投は、台湾全体のエネルギー政策を決定するものではなく、屏東に位置する第三原発の再稼働を全国投票で決定するものであり、屏東県民にとって不公平かつ不正義である。

第三原発所在地の屏東県は台湾全体で最も高い割合の不同意票を示した。7つの郷鎮(町村)では不同意票が同意票を上回った。これは地元住民が自らの命運を全国投票で決められることを望んでいない心情の表れである。

三大政党に呼びかける。この公投結果はすでに明白に示している。市民は政争による公投を嫌悪し、第三原発再稼働を否決した。台湾のエネルギーおよび脱炭素政策は、政治的対立の道具とするべきではなく、与野党すべての政党が私心を捨て、一致して取り組むべき重大課題である。

今日は台湾が「非核家園」となって98日目である。この道を、これからも共に歩み続けていく。 

屏東の人々は、立ち上がり、心を一つにして故郷を守ります

屏東県知事・周春米   8月20日 Facebookより

823公民投票まであと3日を切りました。今夜「屏東を愛し、ふるさとを守る集会」、6000人の住民が屏東体育館に集まり、強い声を示しました ― 「第三原発再稼働に、屏東の人々は不同意!」

屏東はもうこれ以上、原発事故のリスクを背負うことはできません! 私たちは核廃棄物を次世代に残してはなりません!

40年間、第三原発は寿命延長を議論されたことはありませんでした。しかし突然、全国2000万人の有権者に70万人の屏東住民の運命を委ねるという、不公正かつ不正義な事態となりました。

改めて強く呼びかけます:

★ 屏東をいじめさせてはなりません!

★ 屏東を踏みにじらせてはなりません!

★ 823公民投票で、全国民が必ず「不同意」を投じてください!

最後に全員で「伊是咱的寶貝(娘は私たちの宝物)」を合唱し、会場中の携帯ライトが輝き、台湾の希望を照らしました。

823不同意! ― 家を守り、屏東を守り、台湾を守りましょう!

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信・号外
(25年8月23日発行、B5-2p)もくじ

・台湾市民は、政争による公民投票を嫌悪し、第三原発再稼働を否決した  (全國廢核行動プラットフォーム)
・屏東の人々は、立ち上がり、心を一つにして故郷を守ります (屏東県知事・周春米)

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信195号
(25年8月20日発行、B5-28p)もくじ
 

・南台湾の人々が屏東で「第三原発再稼働反対!」と叫ぶ  (地球公民基金会)
・核三公投(第三原発国民投票)で、「不同意」票を投じよう!
   (全國廢核行動プラットフォーム)
・屏東県の未来の運命を、全台湾人の国民投票で決めることは合理的なのか
   (南台湾廢核行動連盟)
・地震が来た時、第三原発は耐えられるのか? (全國廢核行動プラットフォーム)
・台湾第三原発再稼働国民投票(8月23日)に向けた日本各地からの連帯メッセージ    
   (ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン事務局、さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト、志賀原発を廃炉に!訴訟原告団、原発設置反対小浜市民の会、ふるさとを守る高浜・おおいの会、若狭の原発を考える会、自然の灯をともし原発を葬る会かごしま、原発さよなら四国ネットワーク、上関原発止めよう!広島ネットワーク、広島県被団協・木原省治、核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会、原子力資料情報室) (曽根俊太郎)
  https://nonukesasiaforum.org/japan/archives/3330  
・フィリピン・反核団体、BNPP復活反対を訴え「ウェルガ・ン・バヤン」40周年集会
  https://nonukesasiaforum.org/japan/archives/3343    
・淸道郡三坪里345kV送電塔強制執行から11年、我々は今もなお平和を望む
   (密陽・淸道送電塔反対対策委員会)
・インドネシア、スマトラとカリマンタンに計50万kWの原発を建設、2027年着工予定
   (ムハンマド・ヒダヤトゥラ)
・私たちは負けない! 柏﨑刈羽原発の地元から  (小木曽茂子)
・新潟県民は原発を必要とせず (菅井益郎)
・原発増設をゆるすな (橋田秀美)
・「玄海控訴審判決・26.1.20」と「死の灰(核のゴミ)文献調査受入問題」 (石丸初美)
・海の日アクション2025~海といのちを守るつどい~ (片岡輝美)
・『反核・反被曝連作戯曲集』を出版しました (くるみざわしん)

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp


重啟核三公投前夕,來自日本各地的聲援與訊息(第三原発再稼働国民投票に向けた日本各地からの連帯メッセージ)

*日本語は下の方にあります(日文版本請往下滑)

重啟核三公投前夕,來自日本各地的聲援與訊息

致實現亞州第一個非核家園的台灣朋友們:

核三公投將在8月23日投票,目前台灣正展開包括中選會舉辦的意見發表會等各種公眾討論。我們從媒體得知,擁核陣營常以日本為例,來闡述同意重啟核三的立場,對此我們感到強烈的憤怒。

「經歷過那麼嚴重核災的日本,還不是推動核電重啟,並且讓老舊核電廠持續運轉?」這類說法,不正確更不是事實。

我們希望各位知道,在日本各地有許多人長年以來反對核電,至今沒有改變也沒有停止發聲,以下是日本全國各地致力於廢核的團體,給各位的訊息,希望讓台灣民眾了解日本真實的狀況,也真誠盼望你們在投票時能做出最妥善的判斷。我們希望大家用力擴散。若想更詳細了解關於核電延役的事,也請不用客氣,隨時與我們聯繫。

衷心祈願台灣不要在核電延役這個議題上上重蹈日本的覆轍,也衷心祝福台灣能守住好不容易達成的核電歸零。

【非核亞洲論壇日本事務局】

首先請容我向辛苦了38年終於實現非核家園的台灣人民,致上最誠摯的敬意。

在地震頻繁的日本列島,以前全國各地有54座核電機組運轉。2011年3月,東日本大地震與東京電力福島第一核電廠發生嚴重事故後,日本各地的核電機組陸續停止運轉。2012年5月5日,日本迎來了睽違42年,國內首次完全沒有核電機組運轉的一天。5月5日也是日本的「兒童節」,我們深刻感受到,「零核電」才是獻給孩子們未來最珍貴的禮物。

此後,儘管各地居民展開激烈的反對運動,但政府仍執意推動核電重啟,如今雖然有14部機組已經重啟運轉,但新潟縣,石川縣,北海道,茨城縣,靜岡縣等地,則在當地居民的反對運動下,未能重啟機組。即便有些地方的機組已經重啟,但反對老舊核電延役的運動等也仍持續進行中。

在地震頻繁的地方興建核電廠的國家,全球僅有日本與台灣。為了避免因地震引發核電重大事故,讓我們攜手努力。日本也希望向台灣人民的運動學習,並繼續邁步向前。

【再見柏崎刈羽核電廠計畫】

親愛的台灣朋友們,為亞洲實現第一個非核家園的你們,是我們的驕傲與目標。現在新瀉縣正因為縣內的柏崎刈羽核電廠重啟動一事而動盪不安,該電廠是全球發電量最大的核電廠,也是引發福島核災的東京電力旗下的核電廠。東電連事故善後都無法處理,竟想重啟核電機組,這是絕對不能容許的事。然而,擁核陣營一路以來以補助金,道路整備,企業招商等利益,分化在地居民。讓我們一起為了無法以金錢替換的生命與未來,努力奮鬥!

【讓志賀核電廠除役!訴訟原告團】

台灣實現非核家園的5月17日,對於致力於促成非核亞洲的我們來說,是歷史性的一天,讓我們充滿勇氣並感到希望。

地震頻繁的國家絕不應該有核電廠。我們推動除役的志賀核電廠,就位於去年元旦發生能登半島地震的災區。此次能登半島地震的震源位在半島北部的沿岸,北陸電力公司之前估計該處的活動斷層長達96公里,但這次地震我們卻發現活動斷層其實長達150公里。山崩地裂,地層下陷等造成道路中斷,海嘯也襲來,許多房屋倒塌,許多人被壓在瓦礫下喪生。停電導致通訊中斷,整個地區陷入孤立的大災難中,但唯一的幸運是志賀核電廠已經停止運轉長達13年,成功避免了核災地獄的發生。

目前地震學尚無法預測何時何地會發生何種地震。光靠運氣無濟於事,我們必須以自己的意志與行動來防止核災發。

核三廠附近有活斷層通過。在過去40年間,核三廠未遭遇重大地震,僅是幸運而已。未來絕不能讓屏東縣這片豐饒的農村地區遭受放射性污染。我們從能登發出衷心的聲援,支持大家在國民投票中取得勝利,並持續為實現非核亞洲努力奮鬥。

【反對設置核電廠小濱市民會】

「未免亡鄉亡國,來自福井縣的訊息」

我們對於貴國以福島核災為鑑,經由大型社會運動以及民進黨政府推動的「非核家園」政策,終於成功停止了貴國所有6座核電廠的運轉,致上最高的敬意與感謝。

我們這個組織位在擁有15座核電廠的福井縣若狹地區,因為集中了太多核電也被稱為「核電銀座」若狹地區,反對設置核電廠小濱市民會,在過去半世紀間,一直守護著美麗的若狹,為了「未來的子孫」,三度阻止小濱核電廠的設置,兩度阻擋使用過核燃料中間貯存設施的建置。

我們由衷感佩大家迄今為止的奮鬥,並祈願8月23日的公投能取得勝利。合十祈禱。

【高濱・大飯護鄉會】

向實現了亞洲第一個非核家園的台灣朋友致意。

高濱位在福島縣若狹地區,這裡林立著關西電力公司的核電機組,其中高濱核電廠已經運轉超過50年,是日本最老且危險的核電廠。

2011年福島核災後,核電運轉年限為40年首次入法,但高濱1號,2號與美浜3號被列為特例,而得以延長20年。然而,現在日本政府竟以淨零為名,想把特例變成日常,讓所有機組都可以申請延役,在我們看來這就是要榨乾核電可能產出的利益,到最後一滴的行為;換言之並不是因為核電安全所以讓機組延役,而是為了一小撮核電既得利益集團自身的存續。

日本是地震,海嘯頻繁的火山列島,並不適合核電發展。烏克蘭與俄國的戰爭也清楚告訴我們核電在國防安全上存在威脅。有著相同問題的台灣朋友們爭取到的非核家園,是我們的目標,讓我們一起努力。

【若狭核電問題研究會(京都)】

福井縣的若狭地區共有15部核電機組。其中已有8部已經除役,仍運轉的7部機組中,有5座是運轉殖間超過40年的「老舊核電機組」,其中1座超過50年,另外2座則是即將超過50年的「超老舊核電機組」。

若狭核電問題研究會在過去13年間,用了大概400天的時間,在電廠附近的聚落走了一遍又一遍,向居民發放宣傳廢核的傳單。此外,我們每年約舉辦2次全國性集會,參加人數約300至500人。

起初,有許多在地居民反對我們不太友善,但現在狀況大不同,已經很少聽到反對的聲音。尤其我們幾乎沒有聽到支持老舊核電廠繼續運轉的意見,且自從去年元旦能登半島地震以來,更是聽到了許多鼓勵的聲音。

另一方面,我們在核電用電消費地,也就是關西地區,也成功每年舉辦約2次集會,吸引約1000至2000人參加。

我們很受到台灣成功廢核鼓舞,從中獲得了繼續行動的力量。

未來也希望與大家團結合作,共同展望一個沒有核電,尊重生命與尊嚴的世界。

【點亮自然之燈,告別核電之會 鹿兒島】

我們向以福島核災為教訓,率先在亞洲實現非核家園的台灣致上敬意,這是長期抗爭的成果,對於正與「事故被淡忘」的現實對戰的我們來說,既令人羨慕,也帶來希望。

福島核災後,最先重新啟動,且成功延役20年的川內核電廠就位於我們所在的鹿兒島。櫻島火山的爆發與頻繁發生的鹿兒島離島地震,讓我們很擔心,希望能以民眾的力量,促使核電廠廢止,以避免核災等更大的災難降臨。

懇請各位和我們一起努力,謝謝。

【告別核電四國網絡】

日前發生的堪察加半島地震,引發海嘯,波及日本太平洋沿岸,讓我們再次想起東日本大震災的那段日子。

我們居住的四國地區,位於南海海槽上,

 這裡被預計會發生和東日本大震災規模相同的海嘯,且未來30年內發生機率高達80%,然而伊方核電廠仍持續運轉。

非民主的日本政府如同「毒藥吞下去連碟子也要吞下去」的諺語一般,寧願承擔311東電福島核災重演的風險,也執意推動核電。

請台灣人民切勿被不尊重人權的日本政府影響,作出不同意重啟核電的決定。

【停止上關核電廠!廣島網絡】

5月17日,台灣實現亞洲第一個非核之國的那天,我們在台灣電力總部前集會中,深刻感受到台灣公民力量的偉大與堅韌。我在這裡也要特別向歷經多年苦難,在民主化基礎上堅持推動反核的先驅林義雄先生等人致以崇高敬意。

山口縣上關町的居民,已進行反對上關核電興建的運動約40年,到今天都還沒讓上關核電得以興建

。上關町的離島,是反對運動的重要據點,祝島的居民在觀看紀錄片《你好,貢寮》之後說:這和我們的運動很像啊,對台灣的反核四運動很有共鳴,也高度關注亞洲最前線的台灣反核運動。

環太平洋地震帶正處於劇烈變動期。日本14年前經歷了伴隨東日本地震發生的福島核災,為免憾事重演,遭受原子彈攻擊的廣島要和上關町居民一起聲援台灣,希望8月由擁核派發起的「公投」被否決,「非核家園」的成果能守住。

【廣島縣原爆受害者團體協議會・木原省治】

福島核災發生已經14年,至今仍有近3萬災民在全國各地避難。引發核災的核電廠的除役,災民的救助及放射性汙染污染等問題,至今未見改善,且之後要如何解決的規劃等也未明。

在台灣似乎流傳著「日本的核電回歸政策很順利,所以台灣續用核電也沒問題」,請大家不要被這種謠言欺騙。

我們不會忘記5月17日在台灣電力總部前與大家一起迎接核電歸零的時刻。那是我們再次立下決心的時刻——「台灣的核電歸零將引領日本走向核電歸零,日本反核運動的強化將成為台灣核電歸零的後盾」。

讓我們再次集結在台灣電力大樓前,在「非核家園  No Nukes TAIWAN No Nukes ASIA」的投影下,大聲歡呼!

【阻止核燃料廢棄物搬入執行委員會(青森)・中道雅史】

5月17日晚,我參加了台灣大樓前的核電歸零倒數活動,作為共享那份喜悅的一份子,我想要對正勇敢為8月23日公投奮戰的台灣夥伴們,表達聲援與最誠摯的祝福。

日本推動核燃料循環的人士,最近突然開始說要把再處理工廠原定40年的運轉年限延長至70年,真是不要臉到極點,這完全是他們一貫的蠻橫作法。

一切都建立在「隨隨便便,不責任」之上,把所有問題都推給下一代。這種事情絕對不能再繼續下去了。我們一直以都已堅決的意志來面對,之後也不會停歇。

台灣夥伴們的運動及你們的成果一直以來都鼓舞著我們,未來也請繼續給我們鼓勵,並一起努力!

(註解:再處理工廠根本還沒啟用,已經延期27次。最早的完工預定是1997年。)

【原子力資料情報室】

為了控制地球升溫在1.5℃或2℃以內,必須迅速且大幅度地減少溫室氣體排放量。然而,核電是建置耗時,成本高且風險大的能源,無法因應當前所面臨的緊急情況。尤其老舊核電機組的重啟動,表示我們得再次承受重大核災風險,影響的是整個國家。雖然單就從技術而言,使用超過設計壽命的核電廠是可能的,但事故風險也將伴隨著機組零件老化而增加。

老舊核電機組的重啟動絕非解決方案。若核電廠遭遇超過設計標準的地震,可能導致反應爐直接損壞,外部電源喪失,周邊設施損壞及大量放射性物質外洩到環境中等嚴重後果。在地震頻繁的日本,地震設計標準已多次修訂,這是極為耗時且費用高昂的工作。而即便投入大量資金和時間,也無法確定老舊核電機組的運轉壽命能延長多久。此外,維護與補修的支出,最終也會使電價上漲。

日本於2011年遭受大規模地震和海嘯的侵襲,並且遭遇極其嚴重的核災事故。核電廠對任何國家來說都不合適,尤其是像日本與台灣這樣位於板塊交界的島國更是如此。日本的核災顯示此類災害可能威脅國家存續,且事故所造成的污染範圍廣泛,復原需耗費龐大時間與金錢。

我們應堅決拒絕核電。

(翻訳・陳威志)

第三原発再稼働国民投票に向けた日本各地からの連帯メッセージ

 アジア初の脱原発を実現した台湾のみなさまへ。

 いま台湾では、第三原発に関する国民投票に向けて、公式の意見発表会などさまざまな議論が行われています。私たちは報道を通してそれらの議論に触れるなかで、原発を推進する側の人々が常に日本を引き合いに出して賛成意見を述べることに大きな怒りを感じています。

 「あれほどの原発事故を経験した日本でさえ、原発の寿命延長をして老朽原発を動かしているではないか」といった意見は、不正確、かつ不誠実なものです。

 私たちは、日本各地で原発に反対する人びとが一貫して反対の声を上げ続けていることを知っていただき、国民投票で一票を投じる際に最善の判断が行われることを切に願っています。その一助となるよう、日本各地で脱原発に向けて闘っている団体からの連帯メッセージをお送りします。どうかシェアしてください。原発の寿命延長をめぐる状況について、もっと詳しく知りたいことがあれば、遠慮なくお問い合わせください。

 原発の寿命延長に関して、台湾が日本と同じ轍を踏むことがないよう、心から祈ります。そして、台湾がとうとう実現した、脱原発が守られることを心から祈ります。

【ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン事務局】

38年間にわたる苦難の末に脱原発を実現した台湾のみなさんに、心から敬意を表します。

地震列島・日本の各地には、54基の原発が稼働していました。2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第一原発での過酷事故のあと、日本中の原発が次々と稼働を停止しました。そして2012年5月5日、日本は42年ぶりに国内で原発が1基も動いていない日を迎えました。5月5日は、日本では「子どもの日」です。原発ゼロこそが子どもの未来のために大切な贈り物だと痛感しました。

その後、各地の住民たちの激しい反対運動にもかかわらず再稼働を推し進められ、いま14基が運転中です。しかし他の原発は、新潟県、石川県、北海道、茨城県、静岡県などの人々の力強い運動が再稼働を食い止めています。再稼働されてしまった原発でも、老朽原発の運転に反対する運動などが粘り強く行われています。

地震が頻発する地域に原発を建てたのは、世界でも日本と台湾だけです。地震で原発大事故を起こさないよう、ともに頑張りましょう。日本も、台湾の人々の運動に学び、続きたいです。

【さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト】

親愛なる台湾の皆様へ。アジアで初めて脱原発を実現した皆様は、私たちにとって誇りであり、目標でもあります。今、世界一の出力を持つ柏﨑刈羽原発の再稼働をめぐって、新潟県は大きく揺れています。ご存じのように柏﨑刈羽原発は福島事故を起こした東京電力の原発です。事故の処理もできない東電が再稼働するなんて、許されるはずもありません。しかし推進派は、補助金や道路整備、企業誘致などを餌に住民を分断してきます。お金に換えられないいのちや未来のために、共に頑張りましょう。

【志賀原発を廃炉に!訴訟原告団】

台湾が脱原発を実現した5月17日は、核のないアジアをめざす私たちにとって、勇気と希望を感じさせてくれる歴史的な日となりました。

地震大国に原発は許されません。私たちが廃炉をめざして運動している志賀原発は、昨年元日の能登半島地震の被災地にあります。北陸電力の想定を大きく上回る150キロメートルもの活断層が動きました。がけ崩れや陥没、亀裂などで道路は寸断され、津波も押し寄せました。多くの住宅が倒壊し、下敷きになり亡くなった人も多くいます。停電で通信も途絶えました。地域全体が孤立する大惨事となりましたが、唯一の幸運は志賀原発が13年間停止中だったということです。原発震災の地獄だけは避けることができました。

いつ、どこで、どんな地震が起こるか、現在の地震学では予知することができません。私たちは次の幸運に期待するのではなく、自分たちの意思と行動で原発震災を避けなければなりません。

第三原発のそばには活断層が走っています。この40年間、大地震が第三原発を襲わなかったことは幸運でしかありません。これから未来にわたっても屏東県の豊かな農村地帯が放射能で汚染されることなど絶対にあってはなりません。国民投票の勝利、原発のないアジアの実現に向かって走り続ける皆さんの奮闘に、能登からも心からのエールを送ります。 

【原発設置反対小浜市民の会】

「亡郷・亡国を防ぐために、福井県からの連帯メッセージ」

福島原発事故を他山の石として、広範な大市民運動と民進党政権の「非核家園」の政策などによって、ついに貴国の6基の原発すべての稼働を止められたことに、大いなる敬意と感謝の念を抱いております。

とくに、15基もの「原発銀座・若狭」のど真ん中の地において、この半世紀の間、美しい若狭を守り、「あとからくる者のために」、小浜原発の設置を3度、使用済み核燃料中間貯蔵施設の設置を2度も止め続けてきた、わが原発設置反対小浜市民の会は、みなさんのこれまでのたたかいと、8月23日の国民投票の勝利を心から支援し、祈念いたします。合掌

【ふるさとを守る高浜・おおいの会】

アジアで初めて脱原発を実現した皆様に敬意を表します。

関西電力の原発が集中する福井県若狭、運転開始50年を超える日本一古い・あぶない原発の町・高浜。

2011年福島原発事故で、「原発寿命40年」と決めたはずです。その時、高浜1号、2号、美浜3号は例外中の例外としてプラス20年とされました。しかし、脱炭素電源の名目で今日では、すべての原発は60年運転とされ、「使い倒して、利益を上げる」ことしか考えていません。日本の原発が安全だからではなく、一握りの利益集団の存続のためです。地震、津波、火山列島に原発はいりません。安全保障上も脅威であることはウクライナの現実からも明らかです。同じ問題を抱える台湾の方々が、勝ち取った脱原発は、私たちの目標です。共に頑張りましょう。           

【若狭の原発を考える会(京都)】

若狭には原発15基があります。このうち8基は廃炉になり、稼働中の7基のうち、5基は運転開始から40年を超えた「老朽原発」で、うち1基は50年を超え、2基はもうすぐ50年超えの「超老朽原発」です。

若狭の原発を考える会は、この若狭で、過去13年間に約400日を費やして集落から集落をめぐって、脱原発を訴えるチラシを各戸配布してきました(愛称;アメーバデモ)。また、老朽原発うごかすな!実行委員会として、年2回程度、若狭で300~500人の全国集会を開催してきました。

このような活動を開始した当初は、私たちの行動に敵対する住民の声が多数ありましたが、今は、そのような声は聞かれません。とくに、老朽原発の稼働を望む声は皆無です。昨年元日の能登半島地震以降は、激励の声も数多く聞かれます。

一方、若狭での行動を背景に、私たちは、原発電気の消費地・関西でも、老朽原発うごかすな!実行委員会として、1000~2000人の結集を得た全国集会を年2回程度開催することができています。

私たちは、台湾が原発全廃を達成したことに、大きく励まされ運動に力を得ました。

今後も、連帯して、原発のない人の命と尊厳が大切にされる世界を展望しましょう。 

【自然の灯をともし原発を葬る会かごしま】

福島原発事故を教訓にした台湾のアジア初の原発ゼロ実現は長い闘いの成果として敬意を表します。事故を風化させようとしている現実と闘う私たちにとっては羨ましくもあり希望です。私達は福島原発事故後、一番先に再稼働し、老朽原発20年延長も達成してしまった川内原発を抱える鹿児島で、桜島の巨大噴火や頻発する鹿児島離島の地震に怯えながら、原発震災でなく民衆の力で原発廃炉の決定を見届けたいと思っています。連帯よろしくお願い致します。

【原発さよなら四国ネットワーク】

先日起きたカムチャツカ沖津波は日本の太平洋岸に押し寄せ、東日本大震災の日々を再び思い出させました。

私たちの住む四国には東日本大震災と同じ規模の津波を引き起こす南海トラフ巨大地震の震源があり、今後30年間に80%の確率で発生するだろうのに、伊方原発が運転を続けています。

非民主的な日本の政府は毒くらわば皿までの格言のように、311の東電福島原発事故の再来を引き起こすリスクを取って原発を推進しているのです。

どうか、人権を尊重しない日本政府に影響されて、原発を再稼働する決定を台湾の人々はしないでください。

【上関原発止めよう!広島ネットワーク】

アジアで初の「原発ゼロ」国家を実現した5月17日の台湾電力本社前集会で、見習うべき台湾市民力の素晴らしさと底力を実感しました。長年の苦難を乗り越え民主化を実現した基盤の上に、反原発運動を粘り強く牽引された林義雄さんたち先達の活動にも敬意を表します。

山口県上関町では原発建設予定地とされた地域住民が40年以上「原発建設反対運動」を継続し、建設を阻止し続けています。記録映画「こんにちは貢寮」を観た反対派の祝島島民は、「私たちと同じ闘いだ!」と大いに共感し、アジアで先頭に立つ台湾の反原発運動に大注目しています。 

環太平洋の地震地帯が大変な変動に入っています。日本が14年前に経験した東北沖地震による福島原発事故の再来にならないように、8月に予定される原発推進派による「国民投票」でも、「原発ゼロ」の継続を勝ち取るよう、被爆地ヒロシマは、上関町住民と共に応援しています。

【広島県被団協・木原省治】

福島原発事故から14年、今なお3万人近い人たちが全国に避難しています。事故を起こした原発の廃炉も、被災者の救済も、地域の汚染も何も改善されない状態が続き、これからの計画もたたない中にあります。

台湾では「日本で原発回帰が進んでいるから台湾の原発も大丈夫」ということが言われているようですが、そのようなデマに騙されないでください。

5月17日の台湾電力本社前での、皆さんとの熱い連帯は忘れません。「台湾の原発ゼロは日本の原発ゼロに通じる。日本の反原発運動の強まりは、台湾の原発ゼロを後押しする」との決意を新たにした時でした。

台湾電力本社ビルに大きく映し出された「非核家圏 No Nukes TAIWAN  No Nukes ASIA」の文字と大歓声、再び!

【核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会(青森)・中道雅史】

5月17日夜、台湾電力本社前でのカウントダウンに参加し、あの歓びを共有できた一人として、8月23日の国民投票に向け果敢に闘いを繰り広げておられる台湾の仲間に対し、心よりの連帯を表明いたします。

日本の原子力マフィア ― 核燃料サイクル推進派は、自分たちが取り決めていた再処理工場の運転期間40年を、突如70年に変更すると言い始めました。恥ずかしい限りです。つじつま合わせの暴挙なのです。

すべては「でたらめ」の上に成り立っています。そして、あらゆる矛盾を子や孫に押し付けるのです。こんなことはもうやめさせましょう。断固とした決意で臨みます。

これまで私たちは台湾の仲間の闘いに常に励まされてきました。これからも、共に!

【原子力資料情報室】

地球温暖化を1.5℃または2℃に抑えるためには、温室効果ガスの排出量を迅速かつ大幅に削減する必要があります。しかし、原発は時間がかかり、高コストでリスクの高いエネルギー源であり、現在直面している緊急事態に対応することはできません。特に古い原発の再稼働は、必然的に重大な原発事故のリスクを再び受け入れることを意味し、国全体に影響を及ぼします。原発を設計寿命を超えて使用し続けることは技術的に可能ですが、老朽化に伴い事故のリスクは増加します。

古い原発の再稼働は、決して解決策ではありません。原発が設計基準を超える地震に襲われた場合、原子炉の直接的な損傷、外部電源の喪失、周辺施設の損傷、環境への大量の放射性物質の放出等の深刻な結果を招く可能性があります。地震多発地域である日本では、地震設計基準が複数回見直されました。これは極めて時間と費用を要する作業です。また巨額の費用と時間を費やしたとしても、老朽化した原発の運転寿命をどれだけ延長できるかは不明です。原発を維持し、改修するための費用が発生するため、電気料金の引き上げにもつながるでしょう。

日本は2011年に大規模な地震と津波による甚大な被害に加えて、極めて深刻な原発事故に見舞われました。原発はどの国にとっても適切な選択肢ではありませんが、特に日本や台湾のようなプレート境界に位置する島国にとってはより一層不適切です。日本の原発事故は、このような災害が国家の存続を脅かす可能性があることを示しました。事故の被害は広範な地域を汚染し、その回復には多大な時間と費用を要します。

私たちは断固として原発を拒否するべきです。

8月13日の公民投票テレビ討論で、反原発派代表の20歳の呉亞昕さんが、福島の21歳の若者からの手紙を読み上げた

台湾ノーニュークス・アジアフォーラム報告

2025年5月17日22時、台湾が原発ゼロになった
「非核家園、No Nukes TAIWAN、No Nukes ASIA」を 台湾電力ビルに投影(撮影・豊田直巳)

【台湾NNAFダイジェスト映像 LET’S follow Taiwan(台湾に続こう)】 (6分30秒)
https://youtu.be/c6bnrpV7gIQ

台湾は非核家園の実現へ
環境団体は No Nukes TAIWAN と訴える

1978年に台湾が原発を開始してから1万日余りを経て、5月17日、ついに正式に「非核家園(非核の国)」へと歩みを進めることとなった。環境団体は台湾電力本社前に再び集まり、No Nukes TAIWANのスローガンを掲げ、それをビルに投影し、台湾の持続可能な発展への道を祝福した。

非核家園への最後の一里である第三原発2号機は、17日午後に出力を下げ始め、夜10時すぎに送電網から切り離され、正式に運転を停止する。

反核運動において重要な役割を果たしてきた台湾環境保護連盟は、今夜、反核運動の象徴的な場所である台湾電力本社前に再び集まり、「迎接非核家園」夜会を開催した。同地は1988年に同連盟が台北で初の反核集会を実施した歴史的地点である。

夜会は午後8時に開始され、台湾環境保護連盟、緑色公民行動連盟、台湾再生エネルギー連盟などの複数の環境団体のほか、日本、韓国、フィリピン、インド、インドネシア、タイ、トルコの反核団体、さらには第四原発建設反対のために断食した民進党の弁護士・林義雄が設立した人民作主志工団などが参加した。参加者は何度もNo Nukes TAIWANを唱和した。

台湾環保連盟会長の謝志誠氏は、台湾では16,965日間、原発が動かされたが、天の加護により大きな災害なく過ごせたこと、そして台湾電力の原発従業員の尽力に感謝を示した。過去に原発ではトラブルが相次いだが、大きな原子力災害は回避されたと語った。

緑色公民行動連盟の崔愫欣秘書長は、今日は祝うべき日であるが、依然として多くの擁核派や野党が原発の再稼働を望んでいることに懸念を示した。来週には立法院で第三原発再稼働の国民投票を決定しようとする動きもある。台湾の反核運動はこれまで幾多のたたかいを経験してきたが、もし8月に国民投票が実施されるならば、それを最後のたたかいとし、台湾を真の非核家園とすべきであると語った。

ノーニュークス・アジアフォーラム日本事務局のToach氏も、台湾の脱原発は民主主義の成果であると述べ、台湾が今後もアジアの民主主義先進国として、アジアを非核の道へと導く存在であり続けてほしいと期待を示した。

台湾環保連盟の創設会長である施信民氏も、報道陣のインタビューに応じて過去の反核運動と台湾電力との関係について詳細に語り、民進党政権による非核家園の方針に強く賛同すると述べた。

歌手パナイも、参加者たちと共に「非核家園」の歌を高らかに歌い、「子どもたちに非核家園を」との願いを込めた。

そして最後に、台湾電力本社ビル外壁に「非核家園、No Nukes TAIWAN、No Nukes ASIA」のスローガンを投影し、台湾が正式に非核家園へと歩みを進めたことを祝した。     (中央通信 5月17日)

2025 NNAF 非核亜洲論壇 議程

■ 5月16日 
【開会式】
挨拶:謝志誠(台湾環境保護連盟会長)、施信民(非核亜洲論壇・台湾招集人)、陳培瑜(立法委員)、水戸喜世子、村上正子、伴英幸氏への黙祷
【基調講演】
木原省治「日本被団協ノーベル賞の喜びと責任」
【各国報告】
台湾:李卓翰、日本:松久保肇、韓国:ユ・エスダー、フィリピン:Djoannalyn Janier、インド:ヴァイシャリ・パティル、トルコ:プナール・デミルジャン、タイ:プラソン・パンソリ、インドネシア:トゥバグス・アマディ
【若者セッション(世代をつないで)1 】
とーち、廖彬良、イ・ホンソク、エッタ・リー、黃醫雯、川﨑彩子・佐久間いぶき、オ・ソンイ

★「台湾反核運動40年写真展」見学

■ 5月17日 
【課題共有】 
張雅惇「再生エネルギーの経済性」、明日香壽川「将来のエネルギーミックス」、林子倫「エネルギー転換の戦略」、北野進「能登地震と原発」、中道雅史「日本の使用済み核燃料」、豊田直巳「福島復興の虚構」、大賀あや子「福島原発事故による被害と被曝」
【若者セッション(世代をつないで)2 】
黃品涵、陳曼麗、陳秉亨、渡辺あこ、コン・ヘウォン、エンリケ・ベレン、ジョシュア・カマチョ
【共同声明討議/次回開催国について】

★立法院前と自由広場でスタンディング

【非核家園・夜会(脱原発実現・記念集会)】
謝志誠、艾文アイウェン(歌)、高茹萍、ツィ・スーシン、パナイ(歌)、高成炎、孫一信、小川みさ子、とーち、佐藤大介、韓国参加団パフォーマンスほか
 
■ 5月18日
【曽文生・台湾電力会長との懇談会】
【第三原発訪問】
【第三原発現地・恒春住民との交流】

■ 5月19日 
【屏東県ソーラーシェアリングなど見学】 
【周春米・屏東県知事との面談】
【地球公民基金会との交流会】

【若者交流会】(台北・緑色公民行動連盟事務所にて)

■ 5月20日 
【第四原発訪問】(貢寮の楊貴英さん・呉文通さん)
【第一原発・乾式貯蔵施設視察】【第二原発訪問】

・主催:台灣環境保護聯盟、台灣再生能源推動聯盟、野薑花公民協會、媽媽氣候行動聯盟、綠色公民行動聯盟、全球綠人台灣之友會、台灣教師聯盟、守望文教基金會、綠台文教基金會、環盟北海岸分會、環盟東北角分會、環盟花蓮分會、環盟台東分會、環盟台南分會、環盟澎湖分會

・共催:人民作主志工團、公民監督國會聯盟、生態關懷者協會、主婦聯盟環境保護基金會、台灣人權促進會、台灣社、台灣北社、台灣永社、台灣客社、台灣綠黨、爸爸非核陣線、綠主張綠電合作社

★ 参加者(台湾以外) 日本:藍原寛子(福島在住ジャーナリスト)、明日香壽川(東北大学)、稲垣美穂子(ジャーナリスト)、宇野田陽子(NNAFJ事務局)、大賀あや子(「避難の権利」を求める全国避難者の会)、小川みさ子(鹿児島県議会議員)、川﨑彩子(原子力資料情報室)、北野進(志賀原発を廃炉に!訴訟原告団)、木原省治(広島市原爆被害者の会)、佐藤大介(NNAFJ事務局)、曽根俊太郎(元高校生平和大使)、とーち(NNAFJ事務局)、徳井和美(NNAFJ事務局)、豊田直巳(フォトジャーナリスト)、中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会)、七沢潔(ジャーナリスト)、松久保肇(原子力資料情報室)、水戸晶子(応援カレンダープロジェクト)、水戸喜世子(子ども脱被ばく裁判の会)、村上正子(原子力市民委員会)、森山拓也(気候ネットワーク)、吉野太郎(関西学院大学)、渡辺あこ(Ilpen Solidarity Club)、渡田正弘(上関原発止めよう!広島ネットワーク)
韓国:エネルギー正義行動、グリーンコリア、環境運動連合、仏教環境連帯、脱核新聞など25名
フィリピン:非核バターン運動3名、インドネシア:WALHI、タイ:Nakhon Nayok Environment Heritage、インド:反核運動全国連合、トルコ:Nukleersiz

■ NNAF台北会議・発表者資料(PPTまたはスピーチ原稿)
https://drive.google.com/drive/folders/1COOFZGGg49fae-ccIV34sS7bRwdwJ7ox

■ Youtube中継録画(日本語通訳音声) https://www.youtube.com/@NoNukesAsiaForum

*若者セッション・若者交流会は、一般社団法人アクト・ビヨンド・トラストの2025年度助成を受けて実施されました。

2025 非核亞洲論壇 開幕挨拶

施信民(非核亞洲論壇台灣召集人)

おはようございます。「2025 ノーニュークス・アジアフォーラム」にご参加いただき、誠にありがとうございます。

今回のフォーラムには、日本、韓国、フィリピン、インドネシア、タイ、インド、トルコなど、国外から60名を超える方々をお迎えでき、大変嬉しく思っております。

原発の拡大と核兵器の拡散に反対し、クリーンで持続可能なエネルギーの使用を促進するため、アジア地域の人々は、1993年に日本で初めて「ノーニュークス・アジアフォーラム」を開催しました。

その後、フォーラムはアジア各国で順番に開催されてきました。台湾ではこれまでに6回(1995年、2002年、2005年、2010年、2014年、2019年)開催しており、今年で7回目の主催となります。

明日、第三原発が停止し、台湾は正式に「非核国家」となります。この成果を達成できたのも、皆さまから長年にわたって台湾の反核団体への励ましとご支援をいただいたおかげです。心より感謝申し上げます。

とはいえ、国内外の原発推進勢力は依然として強大であり、「非核家園」を守るための大きな挑戦が私たちの前に立ちはだかっています。

私たちはここに、台湾およびアジアのすべての人々に向けて訴えます――原発が危険で高コスト、かつ何万年にもわたり害を及ぼすものであるという本質を直視し、「非核家園」政策を支持し、民衆の力で原発利権集団の反撃に立ち向かおう、と。

今回のフォーラムは、台湾環境保護連盟が国内の多くの団体に呼びかけて共に開催します。この場を借りて、企画・運営に携わってくださったすべての団体と関係者の皆さまに、心からの感謝を申し上げます。

フォーラムは5月16日から20日までの5日間にわたり、国際会議、夜会、視察活動などが行われます。この5日間の議論と交流を通じて、私たちがお互いの理解を深め、共通の認識を築き、「非核アジア」という目標に向かって団結していくことを願っています。

久しぶりにお会いする多くの旧友の皆さま――反核運動における長年のご尽力に深く敬意を表します。また、今回初めてお会いする新しい友人の皆さまにも、心より歓迎と感謝を申し上げます。このアジア反核の祭典で、皆さまが有意義な経験を得られることを願っております。

台湾での滞在が安全で楽しいものになりますよう、また、皆さまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

翌5月17日「非核家園」夜会での施信民さん

第21回ノーニュークス・アジアフォーラム in 台湾 ダイジェスト

516

台湾大学図書館地下の国際会議ホールにて、開幕式は台湾環境保護連盟(TEPU)会長の謝志誠さん、NNAF台湾代表の施信民さんの挨拶で始まった。「明日、第三原発が停止し、台湾は正式に原発ゼロになる」という言葉を聞き、「本当のことなのだ」という実感が湧いた。

続いて、今年90歳という水戸喜世子さんの挨拶だ。台湾や韓国での脱原発をめぐる交流の思い出とともに、福島原発事故後の日本の被ばくの状況にも触れ、核廃絶に向けた民衆の愛の力の結集を呼びかけた。水戸さんは虐殺行為が続くパレスチナへのアクションを呼びかけることも忘れなかった。続いて、2024年6月に亡くなった原子力資料情報室の伴英幸さんを偲び、アジアの盟友たちと黙とうささげた。

基調講演は、日本被団協のノーベル平和賞を記念して、広島の木原省治さん。被爆80年目の今、被爆者のこれまでの経験や願いを語り、戦争において核爆弾を使わせなかった先人たちの平和運動を引き継いでいくという課題の重さを語られた。また、核被害という観点において原爆と原発は区別できないとして、核廃絶・脱原発におけるアジアの連帯を呼びかけた。

各国の原発やエネルギーの現状を報告し合うセッションのトップバッターは台湾の李卓翰さん(TEPU元事務局長)。学生の頃から脱原発運動を始め、ついに脱原発を達成することをうれしそうに語っていたが、台湾の電力の8割はいまだ化石燃料が占めており、再エネは15%。再エネを増やすとともに、エネルギー効率を高めることや省エネを今後の課題として挙げた

日本からは松久保肇さん。政府のエネルギー政策が原発や火力の維持を優先し、再エネを抑制的に扱っている現状とともに、福島原発事故後の廃炉の困難な状況を詳しく解説し、ひとたび原発事故が起きれば大量の放射性廃棄物の処理に追われるのであり、各国で脱原発を進めることが重要であることを改めて強調した。

韓国からはユ・エスダーさん(KFEM)。「原発で国を豊かにする」ことをかかげていた尹錫悦前政権のもとでの市民のたゆまぬ抵抗運動の紹介があった。また、新大統領に決まった李在明氏は、原発について積極的な発言をしなくなっているとのことで、韓国にとって重要な転換期にあるとして、118もの社会改革の項目をまとめるなど、市民が力強く活動を続けている様子が報告された。

フィリピンからは、Djoannalyn Janierさん。マルコス・ジュニア大統領のもと、原発13カ所、SMR(小型原発)14カ所の候補地が設定される一方、再生エネは伸びていない(現在22~25%)現状を報告した。市民の6割以上は原発に否定的であり、民主化や気候危機に反する現状の政策に対し、市民の力が必要だと語った。

インドからはヴァイシャリ・パティルさん。インドでは国家安全上の理由で、原発にかかわる調査研究が禁じられ、国会で議論もされない現状にふれ、厳しい状況に置かれても民衆が力を維持しつづけることの重要性を説いた。

トルコについてはプナール・デミルジャンさん。アックユとシノップという二つの原発計画があり、アックユでは現在、2万人以上の労働者による工事が進んでいる。トルコでも抗議活動を行う学生が逮捕・拘束される状況が続いており、プナールさんもまた民主化運動の継続の重要性を訴えた。

タイは、プラソン・パンソリさん。タイには本格的な原発計画はないが、研究用の原子炉があり、最近ではSMRに強い関心を持っているという。隣国のミャンマーやカンボジアでもSMRの計画が進んでおり、阻止するために運動を学んでいきたいと語った。

最後の報告となったインドネシアについては、トゥバグス・アマディさん。気候変動対策として原発建設への圧力が高まっている状況にあり、西カリマンタンでは東南アジア最初のSMR建設が期待されているという。他にも二か所(バンカ、ムリア)の計画がうごめいており、政府に対して公正性、透明性、法的根拠を求め、活動をしている状況が報告された。 (村上正子)

516日・若者セッション1

ユースの発表を中心に報告する。

台湾の活動家Ettaは、文化人類学の研究者でもある。原発の国民投票が行われた2018年から、Their Nuke Storyというとりくみを始め、原発立地地域の人々の声を調査し始めた。そこには、生きてきた現実と、普遍的な科学とは異なる批判的な視点があるという。

Ettaは、social decommissioning(社会的廃炉)という言葉を用いて文化人類学的観点の重要性を説明した。廃炉は、原発や廃棄物についてだけでなく、社会や人々の感情も含めたより広い影響についても含まれるべきだという。ある住民は、第三原発を見ると、40年間原発で働いたという亡くなった父親のことを思い出すと語った。Their Nuke Storyは、そこにいる人びとの声を、その人の言葉(文化)で可視化する試みで、市民の複雑な想いを複雑なまま取り上げていることも重要な点であった。

「原発・気候問題は単に科学的なエネルギーの問題ではない」。最も強調されていたメッセージに、きっと参加者は強く共感した。

次に、各国の気候訴訟の報告が行われた。

台湾の気候訴訟は、先住民、漁民、農民など、気候変動によって暮らしを脅かされる人々を中心に、100人以上が起こしたものである。日本と同様、憲法によって環境権が保障されておらず、その明記を求めるとりくみでもある。台湾は世界全体の温室効果ガス排出の1%にも満たないが、だからといって対策をしなくてもよいというわけではなく、1つひとつの国がその責任を負うべきということを話していた。

韓国からは昨年判決が出た訴訟について報告があった。胎児を含めた若い世代が原告となり、2020年に提訴。気候危機から安全が守られることが環境権として認められ、2031-2049年まで温室効果ガス排出削減目標が設定されていないことは違憲であることなどが確認された。

日本からは、「明日を生きるための若者気候訴訟」原告として、筆者と、台湾に留学中の大学生が発表した。この訴訟は、対政府の台湾・韓国のとりくみとは異なって、火力発電事業者を相手取っ

これらは単なる訴訟ではなく、大きな気候正義運動を作るものであると認識している。韓国の勝訴に続き、日本と台湾でも世論を高め、気候対策を前進させることができるかが問われている。

原発の問題は、一部のユースにとっては非常に関心の高いことであるが、依然としてとして高年齢層中心の運動になっている。NNAFも例外ではない。とくに日本における脱核運動は、継承と同時にアップデートが必要である。そのため、多世代での国際会議は互いの関心や価値観を聴き合う重要な場であった。 (川﨑彩子)

各国のユースを紹介

■ 5月17日

張雅惇さんはNGOの立場から「再生エネルギーの経済性」について話した。講演の最後に、議員など連携先にどのように伝えるか、市民環境団体と環境省の連携、一般の人々にエネルギー政策を認識してもらうにはどうすればよいのかを考えること、3点の重要性を語った。

明日香壽川さんは、日本における将来のエネルギーミックスについて。多くの人が再生可能エネルギーは高価であるというまちがった認識を持っていることを指摘し、労働組合や若い人を含む関係者のコミュニケーションが必要と述べた。

林子倫さんは、2050年に向けた台湾のネットゼロ(温室効果ガス実質ゼロ)政策について講演した。エネルギー転換・産業転換・ライフスタイル転換・社会転換の4つがストラテジーであり、製造業の部署からのとりくみの必要性、グリーンエネルギーが雇用を増やすことも示した。

北野進さんは「能登地震と原発」。昨年発災した能登地震は、志賀原発にも影響が及んでいる。もし原発が動いていたらどうなったのか、住民は避難できたのか。地震学が進んでもいつどこで地震が起きるかはわからないこと、原発震災が起こると住民は逃げることができないことを指摘した。

中道雅史さんは「日本の使用済み核燃料」について。1985年4月9日に青森県知事が県議会で「核燃料サイクル施設」を六ヶ所村に受け入れると宣言してから現在に至る状況を示し、青森県には、大間原発、東通原発、米軍基地、自衛隊基地、軍事レーダー、軍事施設、むつ使用済み核燃料中間貯蔵施設などもあることを述べた。

豊田直巳さんは「フクシマの『復興』。消される風景と消えない放射能」。パレスチナ・ガザの状況や軍事と原発のつながりについて言及した後、3.11直後から何度も福島を訪れ撮影した写真を見せていった。朽ちた建物が次に撮影したときには更地に変わるだけでなく、「原子力正しい理解で豊かなくらし」「原子力郷土の発展豊かな未来」という看板が外されていくこと、商店街の痕跡が無くなっていくことなどを示した。

大賀あや子さんは「福島原発事故による被害と被曝」。3.11の被害は今もなお続いている。事故直後から今に至るまでのさまざまな放射線分布マップを示した。そして原発事故避難者がいまだ6~7万人いることを述べ、被曝健康被害なども含め、棄民政策であるとして国の責任を求めた。

「若者セッション2」のあと、最後に、共同声明案が示され、意見交換が行われた。そして、次回(2026年)のNNAF開催国はフィリピンに決定。大きな拍手で承認された。 (吉野太郎)

517日・若者セッション2

台湾から3名、韓国から1名、フィリピンから2名の一組。日本からは私が発表をしました。

mom loves Taiwanや、SHARE (center for Sexual rigHts And Reproductive justicE)や、日本の加害歴史文脈から話をした私もそうですが、「脱原発」運動がメインの活動ではない登壇者が多かったように思います。

脱原発運動家というのが色濃く出ていたのは、フィリピンの2人でした。日本や、韓国の原発輸出国からの参加者の前で、バターン原発の話をしてくださいました。彼らのスライドの中には、フィリピンのマルコス大統領と、韓国の前大統領の尹錫悦が優雅に乾杯をしている写真がありました。「栄光」とか、「友好」とかのタイトルが付けられそうなきらびやかな写真です。その裏で、24歳のEricと、23歳のJoshuaが、自身の生活を投げうって脱原発を訴えている。こういう状況を許している世界で、私たちは生きていることを虚しくも感じます。

ちなみに、フィリピンの2人の発表の前には、SHAREのへウォンさんが尹の弾劾デモの様子などを見せてくれていましたが、改めて、あの人は弾劾されるべきだな〜、と感じましたし、それができる韓国市民社会を尊敬します。へウォンさんの発表では、とくに密陽から始まった脱核への声が、イシューの垣根を超え、人権の話に発展して運動の連帯を深めていったこと。また、気候危機文脈での連帯の現状や、その重要性について語られました。正直、日本の脱核運動に足りない視点は、まさに「人権」なのではないか。と思います。韓国や台湾と比べて、日本の脱原発運動の場では、原発問題以外の社会問題に関心がない人や、「マイノリティ」が運動のなかに存在していることに無自覚な人が多いと思います。そういう意味で、SHAREで活動をしながら、脱核を訴えるへウォンさんのような存在は、大切だと感じました。

台湾からは、冒頭にあげたmom loves Taiwanからの発表が印象に残っています。まず、名前からわかるように、「mom-母」の視点から、気候危機・脱核を訴えるというコンセプトに感心しました。みんな、社会の中で、それぞれの役割があります。自分が社会とどのように関わっているのか。自分目線での語りができると、より多くの共感が得られるはずです。 (渡辺あこ)

■ 5月17日・「非核家園」夜会

今日は、台湾の「非核家園」(非核国家)達成を皆で喜び合う記念日である。

立法院前で

夕方、立法院前と、民主化運動のシンボルである「自由広場」前を経由して、「非核家園」夜会を開く台湾電力本社前へ。

本社前で、人民作主志工団(民主化運動指導者で反原発運動の象徴的人物の林義雄さんが設立した団体)など、台湾の人びとと共に集会に参加。

集会開始は8時過ぎで、主催者あいさつは謝志誠さん(台湾環境保護連盟会長)。「この台湾電力本社前は台湾の反原発運動の歴史を象徴する場所である」「原発が動かされたが、天の加護により大きな災害なく過ごせたこと、そして台湾電力の原発従業員の尽力に感謝する」と述べた。

続いて台湾人歌手の艾文アイウェンさんが台湾愛を歌いあげてムードを盛り上げる。次に高茹萍さん、ツィ・スーシンさん(緑色公民行動連盟)などが現在までの運動の歴史を踏まえ報告。ツィさんは、「依然として多くの原発推進派や野党が原発の再稼働を望んでおり、油断せず闘い続ける」と述べた。原住民女性歌手のパナイさんが魂のこもった歌を歌い、参加者と一緒に合唱。

昔から反原発運動をしてきた高成炎さんが若き活動家の孫一信さんを紹介し、彼が熱い連帯の挨拶。日本の参加者から、小川みさ子さん、とーちさん、佐藤大介さんが祝福と連帯の挨拶をした。

いつも元気でパフォーマンス好きの韓国人グループからの挨拶があり、ハングル「脱核」の巨大バナーを広げ「ノーニュークス・ 台湾、ノーニュークス・アジア」を連呼!!

最後に参加者一同でこぶしを振り上げ「ノーニュークス・台湾、ノーニュークス・ アジア」を連呼し記念撮影。そして、最後の原発が正式に運転停止される夜10時という節目の時間を迎えた。すると、本社ビルの壁に巨大な緑色の文字「非核家園、 No Nukes TAIWAN、No Nukes ASIA」が道路の反対側から投射された!

驚いた私たちが台湾人スタッフに聞くと、台湾電力からは「短時間ならOK」と了解済みとのこと。側にいた女性警察官に「大丈夫なの?」と聞くと「大丈夫、OKよ」と笑って答えてくれた! これは台湾市民社会の力強さの証明であり、他国ではありえない。 (渡田正弘)

■ 5月18日

朝からバスで台北駅へ向かい、新幹線で左営駅まで移動、そこから貸し切りバスで第三原発のある南端の恒春へと向かった。大都会の台北とは違い、しばらく走るとパイナップル畑やヤシの木やエビの養殖場が広がり、のどかで美しい田園風景が広がる。

到着した第三原発では、PR館に隣接した立派な会議室に通された。約80人の参加者がゆったり座れるように椅子とテーブルが配置され、テーブルには軽食や飲み物などが並べられている。脱原発を掲げてこのように歓待されることに、なんだか不思議な思いだった。

非核家園Tシャツをもつ曽文生・台湾電力会長と謝志誠・環保連盟会長

しかも、この会合に出てきてくれたのは、台湾電力のトップである曽文生会長。そこで話されたことは、「台湾の脱原発は時代的な流れだ」「原発がすべての面で優れているなら、なぜ原子力産業は成長しつづけないのか」「寿命が終わった原発を修理したり、10年以上のリードタイムをかけて新規建設するより、再生可能エネルギーを増やす方が安定的で効率的だ」というような明確な内容であった。

その後、昨夜運転終了したドーム型の第三原発が見える美しいビーチへ立ち寄り、しばしの休憩。よくもまあ、原発というのは世界中どこでも風光明媚なところを選んで建てられてきたものだ。厚かましいことこの上ない。

その夜は、地元の住民も参加しての夕食会。その食事の素朴ながら美味しかったこと! その場に参加してくれた地元の農民、張清文さんは、次のように語った。「私は約60年間、ここに住んでいますので、第三原発が建設されていくところをずっと見てきました。そしてこのたび第三原発は運転を終了し、今度は廃炉を見届けていくことになります。廃炉とはどいうものなのか、安全性に不安はないのか、わからないことだらけです。これから仲間と廃炉を監視していくうえで、私たちは助けを必要としています。みなさん、ぜひ私たちをサポートしてください」

食事の後は、屏東のビジネスホテルへ移動して宿泊。チェックインしていると、翌日面会予定の県知事から歓迎のパイナップルが届けられた。ホテルのエントランス前にパイナップルが山積みにされ、一人の女性が華麗なナイフさばきでどんどんパイナップルの皮を切り落として葉の部分を持って食べられるよう手際よく切っては参加者に手渡していく。夜のとばりのなか、エントランスの照明に照らされながらアジア各国の人々が嬉しそうにパイナップルをほおばる様子は、とても美しかった。 (宇野田陽子)

■ 5月19日

この日の午前中は台湾政府と屏東県が10年前から進めてきた原発の代替エネルギーの開発現場を視察した。2台のバスはパイナップル畑や椰子のプランテーション、魚の養殖場が点在する広大な農業地帯を走り、10時に最初の目的地の屏東持続可能環境グリーンエネルギー公園に到着した。

長い脚柱を池の水に浸しながら立つ大きなソーラーパネルの一群。ここは元々農地だったが、台風などによる水害で何度も水没、海水も入り込んで耕作不能に追い込まれたという。地域の高齢化率は75%、後継者もなく再起が難しい農家の救済を兼ねて、屏東県が実験教育施設として太陽光発電の施設を建設、土地を貸す農家には借地料が支払われている。道路を挟んで2つの施設があり発電容量はそれぞれ23MW。生産された電気は台湾電力公社に1kw時あたり3NTD(台湾ドル=元)で、民間の会社なら5NTDで買い上げられる。

次に訪れたのはソーラーパネルを屋根に組み込んだバニラ豆の栽培実験施設。香草であるバニラはアイスクリームやタバコ、香水などに用いられるが、元々熱帯雨林に生息し直射日光に弱い。そのためここではソーラーパネルの屋根が日陰を作って豆を保護する。農業省が推進する穀物生産とソーラーシステムの連動モデルで、農業収入に太陽光発電による売電収入が上乗せされて土地の利用効率が高まる。

すでに6年の実績があり、バニラ豆は地元の他に日本、韓国や欧米に輸出される。栽培面積は0.2ha、台湾全体で5ha。発電した電気は地元の火力発電の会社に販売している。

午後は屏東県庁で県知事と会見。14時、NNAF参加者が待ち受ける会議室に周春米知事が入ると歓声が沸き起こった。

台湾からの参加者たちの多くが所属する台湾環境保護連盟は、2016年に政権についた民進党の脱原発政策に助言し続けてきた。

立法院で野党が提出した原発の寿命を20年延長可能にする法案が可決され、第三原発の再稼働をめぐる国民投票が予定される中、停止したばかりの原発を抱える県のトップに「ぶれない」脱原発姿勢を取り続けるよう激励する意図も感じた。

周春米知事(前列中央)を囲む

「励まし、ありがとう」と甲高い声で応じた周知事は、「時間をかけ民意を集めて進めてきた対話を反故にして、十分な議論もせずに再稼働できるようにした」と野党の強引な立法を批判、「安全を軽視し、屏東の未来を踏みじるものだ」と怒りをあらわにした。会見後、かつて立法院で議員として周氏と同僚だったある参加者は私に「彼女とは一緒に脱原発の道を歩んできた。今さらぶれることはないと信じている」とコメントした。 (七沢潔)

■ 5月19日・若者交流会

夜、台北の緑色公民行動連盟の事務所で、若者交流会が開かれました。台湾、日本、韓国、フィリピンから18名の若者が集い、原発のない未来をめざして、それぞれの経験や思いを語り合いました。

プログラムの中心は、各国代表による発表と、発表後の質疑応答。日本からは福島原発事故後の現状や市民のとりくみ、韓国・台湾からは地域で続いてきた粘り強い反原発運動が紹介されました。

もっとも印象的だったのはフィリピンの発表でした。若者たちの活動は始まったばかりで、資金も人手も限られている。それでも「家族や友人のためだけでなく、国の未来、そして地球全体のために運動を広げていきたい」と語った若者の言葉には、静かで強い決意が宿っていました。

この発言に対し、他の国の参加者から「私たちにできることはあるか?」と自然に声が上がった場面は、国境を越えた連帯の瞬間でした。

発表後には、各国に対して他国が2つまで質問できるセッションがありました。日本に対しては「子どもの甲状腺がんの現状」と「若者の運動参加の広がり」についての質問が寄せられ、関心の高さがうかがえました。

私自身、反原発や環境運動にとりくむ中で、どうすれば同世代に関心を広げられるのか悩んできました。けれど今回の交流を通して、その悩みは国を超えて共通するものだと知り、孤独ではないという安心感と、あらためて頑張ろうという気持ちを得ました。

違う国に生きる同世代が、同じ未来を願い、言葉を交わす。それ自体が希望であり、この出会いは今後の活動に確かな力を与えてくれるものとなりました。 (曽根俊太郎)


■ 5月20日

最終日の視察先は、台湾の北部。反対運動の激化で建設中止となり2014年に封印された第四原発(龍門)、次に運転期間40年満了で2018、2019年に閉鎖した第一原発(金山)、2021、2023年に同じく閉鎖した第二原発(國聖)でした。

第四原発の敷地には入れなかったが、同行の松久保氏がドローン撮影した画像を共有下さった。その近辺にある「抗日紀念碑」にも立ち寄る時間がなかった。

地元・貢寮の人たちとの交流会では、楊貴英さん、呉文通さんの話を聞いた。第四原発建設のため最高のビーチが荒らされ、環境や経済資源でもある観光産業も大きな打撃を受けていて、自然豊かな地域にとって、原子炉に核燃料が入らなかったものの、輸出したのは日本であり、第二の侵略と言われているとのこと。

台湾では2021年に公民投票(国民投票)が行われ脱原発政策が強く支持され、再生可能エネルギーへの転換を進めてきた。

2016年の時点で再生可能エネルギーの比率は4.8%だったが、2024年には11.9%に達し、今年2025年3月時点で14.6%にまで増加。一方で、原子力の比率は2016年に12%、2024年に4%まで下がり、5月16日には3%台、5月17日には遂に原発ゼロを達成。

午後、我々が次に向かった第一原発は受付でパスポートを掲示、ボディチェックして専用バスで使用済み核燃料の乾式貯蔵施設に案内された。原発で発生した使用済み核燃料は各原発のプールで冷却されているがプールが満杯になっているため、台湾で初めてプールから乾式貯蔵に移され、この5月から20年貯蔵を開始した(現在、112体)。。

そして、台湾電力から廃炉についての説明を聞いた。廃炉による物質の処理や放射能測定のことなどだ。再利用できる鉄等、ゴミ減容化、品質管理について、年間に受ける放射線量が10マイクロシーベルトというIAEAの基準で策定したクリアランスプログラムを原子力安全委員会がOKしているとのこと。第一原発には多くの視察・訪問があるという。質疑応答で避難計画、敷地内外のモニタリングポストなどについて聞いた。

第二原発の温排水排出口の視察で行程は終了した。かつては大量の温排水が勢いよく流れていたところだ。 (小川みさ子)

左から、楊貴英さん、一人おいて、呉文通さん

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信194号
(25年6月20日発行、B5-32p)もくじ

・台湾は非核家園の実現へ、環境団体は No Nukes TAIWAN と訴える  
・2025 NNAF非核亜洲論壇 議程                     
・2025 非核亞洲論壇 開幕挨拶 (施信民)
・第21回ノーニュークス・アジアフォーラム in 台湾 ダイジェスト
  (村上正子、川﨑彩子、吉野太郎、渡辺あこ、渡田正弘、宇野田陽子、七沢潔、曽根俊太郎、小川みさ子)
https://nonukesasiaforum.org/japan/archives/3299 
・核のない世界に向かって共に歩もう (韓国参加団)
・原発にノー、安全で公正な未来にイエス! (非核バターン運動)
・「非核家園」夜会(脱原発実現記念集会)でのスピーチ (ツィ・スーシン)
・「2025 NNAF」参加の皆さまへ  (フィリップ・ワイト)
・老朽原発の再稼働に反対する! 国民投票を政治の道具にするな!
  (台湾・全国廃核行動プラットフォーム)
・NNAF in 台湾 に参加して
  (藍原寛子、明日香壽川、稲垣美穂子、宇野田陽子、大賀あや子、小川みさ子、川﨑彩子、北野進、木原省治、佐藤大介、曽根俊太郎、とーち、徳井和美、豊田直巳、中道雅史、七沢潔、松久保肇、水戸晶子、水戸喜世子、村上正子、森山拓也、吉野太郎、渡辺あこ、渡田正弘、プナール・デミルジャン、チャン・ヨンシク)      
・「6歳の時に福島原発事故を経験した青年はいま」 曽根俊太郎インタビュー  (韓国脱核新聞)

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp

伴英幸さんとの語らい -台湾とNNAFについて-

伴英幸さん(原子力資料情報室共同代表)が逝去したのは、昨年6月10日だった。享年72。原発不明癌と診断されてから、わずか2カ月余りのことである。山積みとなっていた文書や資料を整理したり、自身の足跡と思いをまとめたりする時間的・体力的余裕は残されていなかった。

人と人を繋ぎ、運動と運動を紡いできた伴さん。その体験を伝え継ぐために、口述記録に取り掛かったのだが……病の進行と痛み止め薬の影響で、記憶を引き出すことが日に日に難しくなっていった。そこで各地から主だった方々にご足労いただき、病床の伴さんと思い出話を語り合っていただくことに。ここに掲載するのは、NNAFジャパンの佐藤大介さんとの語らいの一部である。伴さんは、脱原発へと向かった台湾を「成功例」だと語っていた。その実現を切に願ってやまない。 (鈴木真奈美)

佐藤 伴さんにはノーニュークス・アジアフォーラムでだいぶお世話になりました。伴さんは2000年から11年までの6回のアジアフォーラムに参加してくれた。日本での、2000年、08年、11年のフォーラム、台湾での、2002年、05年、10年のフォーラムで、伴さんが主に各国報告での日本報告をやってくれた。とくに08年の柏崎と東京でのフォーラムと、11年の福島、東京、祝島、広島でのフォーラムでは、伴さんが、実行委員会での重要な役割を担ってくれた。1990年代のノーニュークス・アジアフォーラムへの原子力資料情報室からの参加は、⾼⽊仁三郎さん。最近だと、松久保さんとか。

鈴木 90年代は、仁三郎さんだったんだ。

佐藤 93年の第1回の日本のフォーラム、95年の第3回の台湾のフォーラム。97年のフィリピンでの第5回フォーラムも仁三郎さんだった。伴さんが参加した2000年代はじめのころの台湾は、民進党の陳⽔扁が総統になって、第四原発の建設が、⼀旦は中⽌の⽅向になったのに、妥協しちゃって、2001年から建設再開になって運動が落ち込んでる時期で、02年や05年のフォーラムは励ます意味もあった。

鈴木 そのころに伴さんが台湾に行ったんだ。

佐藤 2003年は、アジアフォーラムじゃないんだけど、台湾で開催された「全国非核家園⼤会」。

鈴木 伴さんは台湾に何回も行かれたのね。

佐藤 そうそう。アジアフォーラムのときだけで3回、それだけじゃなく、それ以外のいろんなシンポジウムとか、こういう非核家園⼤会とかに呼ばれて⾏った。伴さんはニュースレターに、全部、報告記事を書いてくれている。原⼦⼒資料情報室通信にも書いているけど、主にこちらに詳しいのを書いてくれている。そのころは、国⺠投票をどうするかと。⺠主化運動の象徴の林義雄さんをはじめとして、第四原発の国⺠投票を要求していたけど、第四原発現地の貢寮の⼈は「⼤丈夫か。全国でやったらどうなるのか」って⼼配したり。そういう議論があった時期。順番が逆になってしまったが、その前、2000年に台湾では「持続可能エネルギー国際会議」というのがあり、伴さんが出て報告した。

鈴木 つまり、伴さんは毎年⾏ってたんだ。

佐藤 2001年は台湾で国際新エネルギーシンポジウム。伴さん、現地にも何回も行ったよね。

伴  うん、何回も行った。

鈴木 第四原発現地で印象深かったことは?

伴  ⼀番の思い出は、あの海岸で泳いだこと。第四原発のすぐそばの海で。

鈴木 泳いだんだ。そのころってまだ砂がちゃんとあったのかしら?

伴  いや、だんだんだんだん、なくなり始めたころだったと思う。

佐藤 日本でのアジアフォーラムのときも上関原発予定地の近くで泳いでたよね。

伴  ガハハハッ

鈴木 伴さん、泳ぐの好きなんだ。

伴  好き。

鈴木 第四原発のそばの海の砂が少なくなり始めたころかぁ。地元の人たちが必ず連れていってくれる媽祖(マソ)廟に行きました?

伴  マソ。印象に残ったのは、あれだ、道教といっしょくたになっているんだ。その辺がめちゃめちゃ面白かったね。マソ廟に⾏くと、表にはマソの像があって、ちょっと裏側、裏側というと変な言い方だけど、そこに神様がいた。

鈴木 民俗信仰っていうか、道教とか、いろんなものがごちゃごちゃになって、それが台湾らしいところですよね。

伴  そうそう。

佐藤 台湾の⼈と韓国の⼈、それぞれもちろんいろんな⼈がいるんだけど、台湾の人の方がなんか優しい、柔らかい感じがあるよね。

伴  はっは。

鈴木 でも、第四原発現地の貢寮の人たちって、世代にもよるけど、かつての貢寮の⽅々とか、実⼒⾏使派が昔はいたよね。今はいないけど。

伴  そうそうそう。

佐藤 呉文通さんにしても呉慶年さんにしても、怒ったら怖いね。我々と会ったときはニコニコしているけど、台湾電⼒が相手のときは、やるときはやるって感じで、怖いねぇ。

伴  はっはっは。

鈴木 そういった交渉みたいな相⼿とやりとり、やり合うところなんか⾏きました?

佐藤 たとえば、第二原発、第四原発のPR館で質疑応答するようなとき。台湾の人は普通は本当に柔らかい。いろんな⼈がいるけど。とくに呉慶年先生はやさしかった。

伴  そうそうそう。あぁ、懐かしいねぇ。

鈴木 日本語の通訳もやってくれたしね。私は台湾では娘のように本当に親しくしてもらって。お世話になった。

佐藤 そう。呉慶年先⽣とか、張国龍先⽣とか。

伴  あの人はさ、俺のおじさんと⽠⼆つの顔なんだよ

鈴木 へぇ、そうなの。2000年に台湾でエネルギーに関するフォーラムがあって、⾼⽊さんが亡くなる直前に台湾の皆さんに向けて書いた遺稿を携えて伴さんが来てくれて、それを会場で読み上げてくれた。そのフォーラムの最中に、陳水扁政権が第四原発中止を宣⾔したんだよね。その一報を受けた張国龍さんが壇上で、歓喜の声を上げるのをこらえるみたいに、照れたような顔しながら、それでも喜びで頬を赤らめて「中止が決まった」と言ったら、私の隣にいた伴さんが、「張国龍、カッコイイなぁ」とつぶやいたのを覚えている。

佐藤 「持続可能エネルギー国際会議」ね。これが伴さんの写真。アジアフォーラムの10月のニュースレターに、報告記事を書いてくれた。

伴  そうだった。

佐藤 首相が第四原発建設中⽌と発表した。その後巻き返されちゃうんだけど。一番せめぎ合っているころにも伴さんが行ってくれた。

鈴木 それと、本当にいいことをやってくれたと、今更ながら伴さんに感謝しているのは、台湾電力が再処理契約をフランスと締結しようとしてた時に、台湾にすぐに来てくれたこと。2015年だったね。

伴  あぁ、あった。

鈴木 台湾の人たちにとって再処理は寝耳に水で、それが何を意味するか、運動関係者でさえ把握していなかった。何しろ、突然、出現したわけだから。当時、第一原発と第二原発の貯蔵プールが満杯になりつつあり、乾式貯蔵施設を建設するとしても間に合いそうもない。そこで台湾電力は、使用済み核燃料の再処理を海外に委託することにし、その入札を行おうとしていた。再処理の道を開いたら、脱原発が困難になるので、とにかく再処理契約は絶対に止めなくちゃいけないと思い、こっちでこんなことが起きていると伴さんに電話をかけたら、すぐさま飛行機を予約して、文字通り、飛んできてくれた。大きなシンポジウムをやる時間的余裕はなかったから、運動関係者を呼んで伴さんに話してもらったり、メディアのインタビューを入れたりして、再処理がなぜダメなのか、知ってもらう場を設けた。その後、米国やフランス、イギリスの人たちも動いてくれて、そこまでいけば、台湾の運動は強いし、議員も再処理代金が高いことを理由に、立法院で反対し、契約を潰してくれた。

佐藤 馬英九が第四原発を凍結したあとだね。

鈴木 はい。再処理をめぐる伴さんの貢献は、目立つ活動じゃなかったけど、台湾にとって極めて重要で、もしも、あの時、再処理契約が締結されてしまっていたら、今の台湾はないと思う。

佐藤 真奈美さんは、台湾にどのくらいいたの?

鈴木 断続的に合計で5年くらいかな。あとは、短期的な訪問。

佐藤 フランスとの再処理の契約反対は、すごい重要だったよね。

鈴木 こういう連携もそうだけど、ノーニュークス・アジアフォーラムの意義のひとつは、輸出する側と輸入する側の市⺠運動が一堂に会しているというところだと思う。その辺りで何か思い出話ある?

佐藤 タイでは福島原発事故の直前に、候補地がいくつもあって原発建設計画がぐいぐい進みそうな感じだったけど、福島事故が起こって、すぐに、原発予定地の各現地で運動が盛り上がって、あっちで二千人、こっちで何百人、っていうデモが3月にバァーンと起こって、原発建設計画は延期になった。講演に呼ばれた伴さんが4月にタイに行ったとき、2011年の夏にタイでノーニュークス・アジアフォーラムが開催される予定だったけど、日本で開催してほしいと言われた。

鈴木 それで日本でやることになったのね。

佐藤 もしも福島事故がなかったら、もちろん、ない方がいいに決まってるけど、福島事故がなかったら、タイでは原発がどんどん建ってかたもしれない。

鈴木 タイだけじゃなく、インドネシアとかもどうなんだろう?

佐藤 インドネシアとフィリピンで90年代に進められようとしたけども頓挫して、2007年と2009年に、それぞれ復活してきた原発計画をつぶしてるんだよね。

鈴木 ではあのころは、原子力産業界にとってタイが⼀番有望だったわけだ。

佐藤 そのころはね。ただもう本当に我々にとって問題なのは、やっぱり原⼦炉を輸出しちゃった台湾。伴さんが本当に台湾に関わってくれた。日本の原発輸出問題は、90年代はインドネシア、その後は、トルコ、ベトナム、インドとか他の国の話もあるのだけど。

鈴木 輸出した側である日本ということもあって、台湾っていうのは伴さんにとっても関わりが強い国だったのね。

伴  交流というか、運動の連帯が広がっていた時期でね。それはすごかったと思うよ。

鈴木 運動の連帯というのは、他に具体的な例ありますか? たとえば、原⼦炉の日本からの搬出のときとか。

伴  搬出阻⽌⾏動、やったんだっけ。

佐藤 やった。呉で2003年、日⽴の原子炉、2004年は横浜で、東芝の原子炉、海上で搬出抗議行動をやった。

鈴木 現地の⽅では?

佐藤 現地では搬⼊抗議行動。

鈴木 あと、他に何か具体的な例あるかしら。

佐藤 その前は、国会での追及とか。二国間協定がないのに、アメリカとの交換公文だけで原発輸出していいのかと。辻元清美さんや福島みずほさんとかが、質問や質問主意書など、いろいろ協力してくれた。

伴  そうそうそう。

佐藤 90年代後半から、日本で何度も原発輸出反対の集会や、交渉や、署名運動、広がらなかったけど不買運動も呼びかけたりとか。伴さんたちとよく⼀緒にやった。

鈴木 第四原発は成功例の⼀つだよね。ノーニュークス・アジアフォーラムで作ってきたネットワークや繋がりを土台としてお互いに連携しながら⽌めることができた。

佐藤 伴さん、今、成功例という言葉に、うなずいてたけど、第四原発が中止になって、台湾は脱原発に向かっている。本当によかったよね。

一同 笑い

佐藤 本当よかった。⻑いことやってきて。

伴  成功例だよね。かつての運動が、なんて言うか、世界的なネットワークの形成と、それによる共通の敵、というと、ちょっと強いかもしれないけど、共通の課題にみんなが一堂に、一緒に闘う組織が作られていった。

佐藤 2000年から2011年は、台湾の運動は落ち込んでる時期なんだよね。建設工事がどんどん進んでいた。

伴  そう、落ち込んでる時期だった。

鈴木 でも運動は続けていたんです。

佐藤 それが良かった、運動を続けて。日本でも原発のこんな問題があると伝え続けた。地震の問題とかABWRの構造の問題とか。

伴  そうそうそう。

鈴木 日本は他のアジアの国に⽐べると原発先進国なわけじゃないですか。同時に、いろんな事故の先進国でもあって、その事例を日本側から発信することは意義が⼤きかった。

佐藤 それを伴さんがやってくれた。2000年から2011年までの間、台湾の運動は落ち込んでるけども続いている。集会や、記者会⾒、台湾電⼒との交渉とかで、こんな問題がある。あんな問題があるって、やり取りした。そんな様々なことをやっていく中で、建設を遅らせてきたし、運動を続けてきたその流れの中で、福島事故の後の爆発的な盛り上がりと、建設中止に繋がっていったわけだから、成功例と言っていいのかな。90何%できちゃったっていう中で、もう駄目だなと思ってたけど、2011年、12年、13年、14年の台湾の人たちはすごかった。ずっと繋げてきたから、続けてきたから。

鈴木 運動を繋げてきたなかで、たとえば2010年のノーニュークス・アジアフォーラムで、地震と原発の問題の話があったそうだけど。

佐藤 2010年のノーニュークス・アジアフォーラムで、立法院で公聴会をしたんだけど、台湾電⼒が「第四原発の耐震は400ガルだ、⾮常に優れている」とぬかしやがるんだよ。

伴  笑

佐藤 で、伴さんが、(伴さんの声を真似して)「それでは駄⽬なんだ」と。

伴  公聴会っていうのがあるんだよね。

佐藤 日本で⾔ったら国会議員会館での集会、院内集会と似てる。台湾電⼒が「400ガルは日本での800ガルに相当する」なんてとんでもないことを言ったんで、伴さんが「それはインチキだ!」って発言した。伴さん、覚えている?

伴  うん。この写真の顔、院内集会みたいなかたちでのやりとりとか、結構覚えてる。

佐藤 いやぁ、話してるといろいろ思い出すね。芋づる式に。

鈴木 20何年間の話をしてるわけだから、つきないよね。⽴法院の公聴会のとき、どうでしたか?

伴  結構ね、シビアなやりとりは、シビアというか、結構しっかりした相手とのやりとりをした記憶はある。意外と、食い下がっていたと。

鈴木  自分が?

伴  そう。

鈴木 そのときは呉慶年さんが通訳だった?

伴  呉慶年先生? 違うよね?

佐藤 ダンギンリンくんだったかな。

鈴木 ギンリン君、懐かしい。台湾って若い世代がどんどん⼊ってくるっていうのがすごいよね。元気づけられる。

佐藤 ベテラン連中も頑張るし、若い連中もどんどん増えてきて、いいね

鈴木 日本はベテランが頑張ってる(笑)。日本ではノーニュークス・アジアフォーラムは運動のひとつだけど、台湾にとっては世界とつながる、きわめて重要な存在であり、運動の中で確固たるポジションを築いてきたと思う。その中で、伴さんがどういう貢献をしたのかが分かった。他の国ではどうかしら。

佐藤 伴さんは韓国にも何回も行っている。

鈴木 韓国の思い出は?

伴  マッコリが思い出。

鈴木 翌日⼤変だったんじゃない、酔っ払って。  マッコリ以外に思い出ある? 韓国も原発現地にずいぶん行ったの。

伴  ⾏きましたね。韓国のノーニュークス・アジアフォーラムの仲間が案内してくれて、韓国の原発は全部回ったよね。

鈴木 全部回ったの? すごい数だと思うけど。あ、そうでもないか。場所は4つか。

鈴木 情報室は海外の団体や個人と連絡取り合ったり、交流してるけど、定期的というか、コンスタントなのはやっぱり、ノーニュークス・アジアフォーラムなんじゃないかしら。

佐藤 30年間で20回のフォーラムをやっている継続的なのは特色。単発的に盛り上がる国際会議、シンポジウムというのは色々あるけれど、継続的にやってるっていうのは特色だよね。

鈴木 最後に、ノーニュークス・アジアフォーラムのエピソードとか、こういうことをやればよかったなみたいなことありますか? 伴さん、一言ある?

伴  俺は受⾝なところがあるから、積極的にこうやっておけばよかったというのはないけれども、要は、連帯と発展のキーだよね、ノーニュークス・アジアフォーラムというのは。毎年のように定期的にずっとこれを続けてきてる。そして、なんだかパワフルな女性たちが、ある種、核を作ってるよね。

鈴木 パワフルな女性?

伴  プナール・デミルジャン、トルコの。

鈴木 韓国もそうだし、台湾もそうだけど、女性たちが、みんなすごく強いよね。フィリピンのコラソンさんとかね。ノーニュークス・アジアフォーラムですごいなと思うのは⼥の⼈たちが強くて、活発で、活躍してて。

佐藤 金福女さんや、インドのヴァイシャリさんも。

鈴木 ノーニュークス・アジアフォーラムがずっと続けられてきてるのは、やっぱり⼥性の⼒っていうのがあるような気がする。

佐藤 その通り。伴さん、今、受⾝なところがあるけどとか⾔ったけど、2008年の日本でのフォーラムは伴さんが中心になって呼びかけてくれたんだよ。

鈴木 呼びかけ、伴さんだったの?

佐藤 そう。原子力資料情報室、原水禁、ノーニュークス・アジアフォーラム・日本事務局の3者で主催して、このときは伴さんが中心だった。2007年の新潟の中越沖地震の後、台湾での気候変動・国際NGOフォーラムで伴さんが環境保護連盟の施信民さんから、「来年、ノーニュークス・アジアフォーラムを日本で地震をテーマにしてやってください」と言われたの。それで伴さんが中心になって呼びかけた。2011年のときも、伴さんが積極的にやってくれた。福島事故の後に。

鈴木 伴さん、ノーニュークス・アジアフォーラムやってて楽しかった?

伴  楽しかった。楽しかった理由はやっぱり、広がりがすごく作れたこと。

鈴木 確かに、広がりが実感できるよね。実際に止めてきたていう実績も作っているし。

・・・ 後略 ・・・

鈴木 今日は、大介さんに大阪から来ていただき、ノーニュークス・アジアフォーラムの話をしていただきました。お疲れさまでした。

中島 佐藤さんがいたから、伴がいろいろ話してくれた。オーラルヒストリーで一番輝いていたのは今日だよ。

(*中島さんは伴さんのお連れ合い)

鈴木 こんなことあった、あんなことあったと思い出すことができたね。伴さん、のどかわいていない?

伴  大丈夫、大丈夫。

佐藤 また来ますよ。

伴  ありがとう

(収録日:2024年5月10日、文字起こし協力:原子力市民委員会事務局)

台灣環境保護聯盟「伴英幸先生を偲ぶ」
原子力情報室共同代表 伴英幸先生ご逝去の悲報を知り、誠に残念です。
彼は台湾の反原発運動を支援するために何度も台湾に来てくれました。
私たちは、伴英幸先生の友情と反原発運動への貢献をいつまでも忘れません。

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信193号
(25年4月20日発行、B5-32p)もくじ

・原子炉施設規制法改正反対、台湾を守る唯一の道はリコールだ
 (全国廃核行動プラットフォーム)
・ノーニュークス・アジアフォーラム ネクスト配信開始  (とーち)
・第2、第3原発の計画も進めるトルコで政権への大規模抗議 (森山拓也)
・原発は本当に安全なのか (小原つなき)
・尹錫悦罷免に伴う声明 (密陽765kV送電塔反対対策委員会)
・「尹錫悦罷免を越え、核のない世界に向け、脱核が民主主義だ」 (脱核市民行動)
・韓国済州島の海女さんたちを訪ねました (大河原さき)
・ベトナムの原発計画が再始動 (吉井美知子)
・新潟県民投票条例否決される (小木曽茂子)
・女川を核のゴミ捨て場にするな! 女川原発を廃炉に!  (多々良哲)
・北海道泊原発の現地から (佐藤英行)
・川内原発を動かすな (小川みさ子)
・3・22上関原発を建てさせない・核のゴミはいらない山口大集会  (三浦みどり)
・上関町での中間貯蔵施設の建設に反対する決議 (山口県田布施町議会)
・6.8「もうやめよう あぶない原発! 大集会inおおさか」 (木原壯林)
・311子ども甲状腺がん裁判について思うこと (阿部ゆりか)
・はじめての시위(シウィ) ~わたしたちにもできる!~ (渡辺あこ)
・伴英幸さんとの語らい -台湾とNNAFについて-

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp

   

非核亞洲論壇30年

高成炎(台湾環境保護連盟)

         1995年、第3回NNAF、3万人デモ

非核亞洲論壇(NNAF)は、アジア各国で開催され、反原発運動の国際的な連携を強化し、多くの政策転換を実現した。

私は数多くのNNAFに参加してきた。とくに、第3回NNAFは1995年9月に台湾で開催されたが、当時、私は環境保護連盟の副会長を務めていたため、NNAFの主催を担った。2011年、福島原発事故後の日本開催NNAFでは、呂秀蓮元副総統の参加を促し、福島災害地の視察を実施した。私はその後、『福島核災啓示録』を執筆・出版した。

NNAFは、発足から30年にわたり、アジア地域において核エネルギーの見直しとエネルギー転換を推進する重要な役割を果たしてきた。各国の草の根運動を結びつけ、長期的な影響を持つ成果を数多く生み出した。NNAFの中心的な議題は、地震が原発に及ぼす危険性、核廃棄物処理の問題、核エネルギー政策の影響、そして草の根抗争の国際的な連携である。その影響を以下にまとめる。

1. 核エネルギー危機の顕在化と抗議活動の拡大

2007年の日本・新潟地震は柏崎刈羽原発の安全問題を浮き彫りにし、NNAFは「地震と原発」というテーマに関心を寄せるようになった。

2011年の福島原発事故は反原発運動の大きな転換点となり、台湾第四原発阻止への闘い、インド・クダンクラムの非暴力闘争、韓国サムチョクの原発計画反対運動といった、アジア各国の抗争をさらに拡大させる契機となった。

NNAFは現地調査や住民交流、国際会議を通じて、原発がもたらす環境および社会的リスクを広く周知させた。

2. 政策変革と草の根運動の強化

ここ十数年間で、NNAFは政策の変革を促進し、2014年の台湾第四原発建設の凍結、2016年のベトナムにおける原発建設計画の撤回、2018年の韓国における原発拡張計画の中止を実現させた。

これらの成果は、NNAFが草の根運動を支援し、現地の住民と活動家に国際的なプラットフォームやリソース、自信を提供したことによるものである。

フィリピンのバターン原発やインドネシアのムリヤ原発の反対運動においても、NNAFは地域の運動を持続的な力へと変えて、住民たちは原発をくい止めてきた。

3. 国際連携とアドボカシー活動

NNAFは、アジア諸国の反原発運動の国際的連携を促進し、各国が原発情報や運動の成功事例を共有する場を提供することで、核エネルギーのリスクに対する一般市民の認識を高めた。

また、国際的な結束と協力を強化し、集団的行動を通じてアジアでの原子力産業の拡大を阻止してきた。

さらに、福島原発事故による汚染水の海洋放出に反対する国際署名運動など、世界規模のアドボカシー活動も展開し、110カ国から8万人以上の署名を集めることに成功した。

4. 無核化と平和的発展の推進

NNAFの30年間の活動は、無核化が決して達成不可能な目標ではないことを証明してきた。国境を越えた協力と草の根の力によって、NNAFはアジアにおける環境正義と平和的発展を推進する中心的なプラットフォームとなった。

今後も国際社会との連携を深め、政策変革を促進する使命を果たし、地球規模での無核化をめざして尽力していくものである。
(「台湾環境」25年2月号より、抜粋)

1995年、第3回NNAF、3万人デモ

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信192号
(25年2月20日発行、B5-28p)もくじ

・第21回ノーニュークス・アジアフォーラム in 台湾 - 開催のお知らせ    
・非核亞洲論壇30年 (高成炎)
・脱核運動の知彼知己  (キム・ヒョヌ)
・[脱核新聞座談会] 尹錫悦弾劾の局面で、脱原発運動は何をすべきか (キム・ヨングクほか)
・大統領弾劾の政局のなかでも原発の寿命延長、着々と進む (小原つなき)
・インドネシアは再び原子力の夢を見るか? (安部竜一郎)
・Nuclear-Free Future Award(核のない未来賞)を受賞 (S.P.ウダヤクマール)
・15万筆超えのインパクト ― 新潟県民は県民投票を求めている (水内基成)
・能登半島地震から14か月 ― 地震と原発避難 ― (堂下健一)
・能登半島地震から1年経っても地震は続く (川原登喜の)
・上関町で生きていく子供たちの為に  (清水康博)
・六ヶ所再処理工場とむつ中間貯蔵施設の現状 (山田清彦)
・核ごみ文献調査報告書が完成 (高野聡)
・福島原発事故被害は今 (宇野朗子)
・老朽原発の延長認可の違法性について初めての司法判断 (柴山恭子)
・使用済み核燃料の行き場はないぞ! 老朽原発うごかすな! (木戸惠子)

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp

アジア初の脱原発実現を! ー 29年ぶりの台湾訪問 ー 北野進(珠洲市)

北野進、台湾立法院公聴会・台湾大学などで講演、能登半島地震は「最後の警告」

録画映像:YouTube「綠盟講座で検索

1.はじめに

「台湾で能登半島地震の話をしませんか」と、佐藤大介さんから訪台の提案を受けたのは7月8日のこと。来年5月に脱原発を実現する予定の台湾の情勢が風雲急を告げている。立法院で多数を占める野党国民党が原発の稼働延長法案を4月に提出していたが、6月30日に「7月から審議入り」と発表された。

台湾では2017年に蔡英文総統が「脱原発」を決定し、2021年の公民投票で第四原発の稼働も認められないことが確定。来年5月にはすべての原発が運転期限の40年を終えて「アジア初の脱原発」を実現するスケジュールが進んでいる。こんな中での延長法案である。少しでも力になれることがあるのならば、という思いはあるが、台湾は1995年の第3回NNAFで訪れて以来である。さらに私自身、海外旅行自体が実は23年ぶり。元日の能登半島地震を受け、年明け以降、国内はあちこち出かけているが、海外となると気持ち的にはかなりハードルが高い。躊躇していると、「夏から秋、延長法案の攻防となる。屋外集会などの行動日程が組まれているが、能登地震の教訓の学習会も必要だろう」と、佐藤さんの言葉巧みな話にのせられていく。実現しない可能性もあるし、打診してみるくらいまあいいかと、「7月末なら日程空いてますよ」とつい答えてしまったのである。

台湾は日本と同じく地震大国であり、今回の能登半島地震への関心も高く、私は4月3日に「鏡週刊」という雑誌の取材を受けていた。佐藤さんが台湾環境保護連盟と緑色公民行動連盟にメールを送ると、彼らは「鏡週刊」の特集記事も見ており、すぐに翌9日、「歓迎し、受け入れ準備を進める」旨の連絡があり、急な訪台計画が一気に動き出すことになる。こうなれば貴重な機会に感謝するしかない。

とはいえ講演内容で悩む前に、まずはパスポート申請である。この日からバタバタと訪台準備が始まり、7月29日には小松空港から台湾へと飛び立つこととなった。

2.3か所で能登半島地震の報告

台湾での日程は、講演が3か所。まず30日の午前中、立法院で公聴会が組まれている。イメージとしては院内集会に近いと思うが、范雲立法委員と施信民教授(台湾環境保護連盟の創始者で現在は総統府の国策顧問も務める)のあいさつから始まり、私は通訳含め1時間「能登半島地震と原発リスク」というテーマで報告させてもらう。続いて佐藤さんも日本の老朽原発の危険性などについて報告。さらに台湾電力の原子力発電部・副部長が志賀原発の地震によるトラブルの発生とその対応状況などについて発表。原子力規制委員会を通じて情報を入手しているのだろう。原子力安全委員会主任秘書、台湾の環境団体の代表者らの発言も続き、約3時間の公聴会を終える。

台湾環境保護連盟は、范雲立法委員、郭昱晴立法委、洪申翰立法委員とともに公聴会を開催した。聯合報 7月30日)

午後は第二原発の近く金山の金泰豊人文館で、緑色公民行動連盟の江櫻梅さんら地元の皆さんが集まっての学習会。第二原発は1号炉が2021年12月27日に、2号炉は2023年3月14日に、稼働から40年を迎え、運転を停止した。しかし今回の延長法案で国民党は第二原発の再稼働も含め画策しているので地元の皆さんも真剣である。

昨年廃止になったが、延長・再稼働がねらわれている第二原発のゲート前で

翌31日の夜は台湾大学で緑色公民行動連盟主催の集会が開かれる。ここでの発言時間は通訳含め90分なので、珠洲の運動にも話題を広げて報告する。4月に能登半島地震と珠洲原発の取材で珠洲を訪れた「鏡週刊」記者の尹俞歓さんとも再会できた。彼女の記事が台湾の環境団体の多くの皆さんの目に留まっていたことも今回の訪台につながった。

2日間の講演は、幸いマスコミなど報道関係者の関心も高く、新聞やテレビ、ネット配信記事などを含めると10社以上が報道してくれた。

「民視TVニュース」24.7.30

3.大地震が台湾の原発を襲わなかったことは幸運

私の講演内容について少し補足しておきたい。基本は活断層評価も含め地震学には限界があること、そして原発震災が起これば逃げようがないという能登半島地震の教訓を伝えることが柱となる。ただし能登半島地震固有の問題ではなく、台湾が抱えている課題との共通点も意識し、報告させてもらった。

1900年1月1日~

まず台湾は日本と同じく地震大国だと言われるが、日本の地震回数との比較を示す。4月3日にもマグニチュード7.2の地震が発生し、花蓮で甚大な被害が生じている。台湾は日本の国土面積の約10分の1、九州程度の面積である。対して大地震の発生回数は、海域もあるので厳密な比較ではないが、ほぼ5分の1。つまり2倍ほどの地震リスクがあるということ。

日本同様、台湾でも原発敷地内や周辺の活断層調査は軽視されてきており、国民党が稼働延長をめざす第三原発の敷地内でも活断層の存在が指摘されている。この40年、大地震が原発を襲わなかったことは幸運と言わなければならない。

加えて今回の能登半島地震の大きな特徴である隆起の問題も台湾にとって他人ごとではない。4月の地震でも45cmの隆起が確認されているが、台湾自体、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートが非常に複雑にぶつかり合ってできており、多くの景勝地は隆起も含めた地殻変動によって形成されたところがほとんどである。29年前に訪れたときに立ち寄った第二原発の近くの野柳地質公園には奇岩がたくさんあり、観光気分で「女王の頭」で記念写真も撮ったが、ここも実は複雑な隆起がくり返されてできているそうだ。

4.関心が高まった避難計画の破綻問題

前回1995年の訪問時は福島第一原発事故前ということもあり、台湾の避難計画に特段大きな関心を抱いた記憶はない。しかし、今回の能登半島地震では、福島後の原子力災害対策指針や、それを踏まえた自治体の避難計画の破綻が明らかとなった。はて、台湾の避難計画は?と聞いてみると半径8キロが避難対象区域とのこと。事故発生時には8km圏外に避難するとのことだが、残念ながら詳細な規定は確認できなかった。原発問題に関心がある人たちの間でも、避難計画問題はやや関心が低かったのではと感じる。

実は第一原発、第二原発から30km圏のラインを引くと人口約250万人の台北市はほぼ全域が圏内となり、さらに台北市を取り囲むように位置する人口約400万人の新北市の人口密集地も30km圏内である。30km圏にはなんと世界最多の約600万人が居住しているのである。東海第二原発は30km圏人口が92万人にのぼり、避難計画を策定できないと言われているが、まさに桁違いの人口密集地に台湾の原発は存在しているのだ。

安全対策では日本の原子力政策を真似るところが多いと言われた台湾の原発だが、避難計画を真似ようにもこれでは真似ようがない。講演後のインタビューなどでは避難計画問題にも多くの質問があった。台湾は日本以上に人口が密集している。避難計画は、国民党独裁の戒厳令下、安全神話に依拠して建設された台湾の原発の大きなアキレス腱であり、稼働延長など論外である。

5.第四原発運転阻止から、延長法案阻止、脱原発実現へ

講演日程の他、29日夕方には、今回の訪台の受け入れでお世話になった環境保護連盟の皆さんとの食事会、翌30日の午後は第二原発、31日には第四原発の現地貢寮へも案内してもらった。2001年の韓国でのNNAFで知り合った元台湾国立海洋大学の郭金泉先生には4日間にわたって大変お世話になった。

29年前の訪台時にも貢寮を訪れ、地元のテキスト ボックス:   住民の皆さんとの交流会にも参加したことを覚えているが、一番大きな変化は海岸に建つ抗日記念碑の背後に1号炉、2号炉の建屋がほぼ完成していることである。1895年に、当時の大日本帝国が下関条約で清朝から台湾の「割譲」を受け、日本軍が最初に上陸した地点が貢寮。そこにいま、東芝、日立、三菱による日本初の原発輸出として建設された第四原発1号炉、2号炉が建っているのである。申し訳なさと悔しさがこみ上げてくるが、同時に稼働を阻止した大きな実績にもぜひ注目したい。

第四原発阻止は、この日お会いできた楊貴英さんや呉文通さん(二人は昨年、台湾政府から環境保護生涯功労賞を受賞している)ら、地元の皆さんの長年にわたる粘り強い運動や、21年の公民投票勝利で明らかなように脱原発を選択した台湾の皆さんの行動と決断の結果であることは言うまでもない。

ただ、貢寮の皆さんが日本の人たちにもとても感謝していることを、この機会にぜひ紹介しておきたい。先ごろ亡くなられた伴英幸さんをはじめ多くの人たちが、台湾そして貢寮を訪れ、台湾の皆さんと一緒に第四原発阻止のたたかいを担ってきた。今回私を台湾に連れて行ってくれた佐藤大介さんはこの30年間、実に50回も台湾に通い、台湾と日本の運動をつないできた。楊貴英さんや呉文通さんの大歓待ぶりを見るだけでもこの間の深く長い交流のあゆみが伝わってくる。

国境を超えて原発推進体制を構築している原子力ムラに対する、アジア民衆の連帯による勝利としても、第四原発稼働阻止の意義を語っていかなければいけない。

もちろん稼働阻止で地元の運動が終わったわけではない。今後の跡地利用のプランにも目が離せない。台湾でも大きな問題となっている核廃棄物を持ち込もうなどというとんでもない発言も一部にはあるとのこと。脱原発社会に向かう台湾の象徴的な施設として活用されていくことを期待したいし、呉文通さんらも積極的に提言を行っている。

原発延長法案阻止、来年5月17日のアジア初の脱原発実現を共に祝い合えるよう、私も引き続き応援の声を上げていきたい。

楊貴英さん(右から4人目)の自宅で、ご家族と、呉文通さん(右から2人目)も

***********************

環境団体が公聴会を開催、日本の元議員が能登半島地震の二つの教訓を共有 

聯合報 7月30日 (抜粋)

台湾環境保護連盟と立法委員范雲らは、本日、「地震による原発への脅威に関する公聴会」を開催した。公聴会では、日本の石川県能登半島出身の元県会議員である北野進と、非核アジアフォーラム日本事務局長の佐藤大介が、年初に発生した能登半島地震後の教訓を共有した。

北野進は、能登半島の地震が示した教訓は二つあると指摘した。第一に、現時点の地震学の知識は限られており、地震の発生を予測することはできず、次の大地震が台湾の原発を襲う可能性があることである。第二に、現在の避難計画には欠陥があり、地震と原子力災害が重なった場合、避難が困難であるということである。

今年1月1日に能登半島で発生したマグニチュード7.6の地震は、石川県、福井県、新潟県など広範囲に影響を及ぼした。北野進は、この能登半島地震の際、多くの日本人が、かつて建設が予定されていた珠洲原発が建設されなかったことや、志賀原発が13年間停止していることを幸運に思ったと述べた。さもなければ、結果は想像を絶するものであっただろう。

また彼は、日本の原子力災害対策指針にも欠陥があると指摘し、地震と原子力災害が重なった場合、避難が困難であり、外部支援も困難になるだろう。住民は災害地域に閉じ込められ、放射線に曝露される恐れがある。日本では、原発周辺30km圏内を原子力災害対策の重点地域と定めているが、台湾の第一・第二原発の30km圏内には500万人以上が居住しており、重大事故に備えた避難計画を策定することはほぼ不可能である。

北野進は、台湾が日本と同様に地震が頻発する国であり、経済、社会、文化の面での交流も非常に活発であると強調した。来年5月17日に第三原発2号機が順調に停止し廃止されれば、台湾はアジアで初めて非核家園(核のないふるさと)を実現することになる。これは非常に重要な意義を持ち、日本の脱原発運動の目標となるだろう。

公聴会に出席した台湾電力と原子力安全委員会の代表者は、第二・第三原発では耐震補強が行われており、安全性に問題はないと報告した。

しかし、緑色公民行動連盟の崔愫欣秘書長は、台電の報告は抽象的であり、原発の耐震性能が不十分である事実を覆い隠すことはできないと指摘した。彼女は、台電は補強措置に関するデータを公開するべきであると要求した。

台湾環境保護連盟の創立会長であり、政府の気候変動対策委員会の委員でもある施信民は、台湾が原子力を発展させる条件を持っていないことを強調した。

能登半島地震で核災害避難問題が注目、北野進「台湾の原発は延命すべきではない」

自由時報 8月1日

今年元旦、日本石川県能登半島で7.6の地震が発生し、現在も地震で破壊された道路が復旧していない。北野進は、この地震により外部との連絡道路が深刻に損壊したことを指摘し、過去の避難訓練では想定されていなかった事態が発生したと述べた。幸いにも原発は運転していなかった。もし核災が発生していたら住民は逃げ場を失う恐れがあったとして、能登の経験を警鐘とし、台湾の原発は延命すべきではないと訴えた。

北野進は、石川県で30年以上にわたり反原発運動を推進してきた。珠洲原発建設を阻止し、「志賀原発を廃炉に!訴訟」の原告団長も務めてきた。

今回の能登半島地震は、福島核災害の記憶をもう一度呼び起こさせたと述べた。地震発生時、全国の人々は災害地域近くに原発があるかどうかに注目し、福島核災の再発を懸念したという。

幸いにも珠洲原発は建設されておらず、志賀原発も福島核災以降停止していた。もし珠洲原発が建設されていたら、今回の地震で被害を受け、状況は福島核災以上に深刻だった可能性があると指摘した。

また、今回の能登半島地震で、地震と核災害が重なった時の避難計画の欠陥が明らかになったと述べた。過去の志賀原発の避難訓練では、1本の道路が通行不能になるシナリオしか想定されていなかったが、今回の地震では原発近くの数十箇所の道路が通行不能となり、半年経っても多くの道路が復旧していない。核災が発生した場合、住民は災害地域に閉じ込められ、放射線の脅威にさらされる恐れがあり、外部からの支援も難しい。海上からの脱出についても、地震による津波のリスクを考慮する必要がある。

日本政府はグリーントランスフォーメーション(GX)法案を通過させ、原発の活用を強化し、運転年限を延長する新たな措置を採用した。また、台湾でも野党の立法委員が法改正を通じて原発の延命を主張している。北野進は、日本では原発の延命は「厳格な安全審査」を前提としているが、安全性には疑問が残ると述べた。たとえば、安全審査で全ての部品を検査できるのか、40年以上使用した原子炉の耐久性や脆弱性を正確に評価できるのかが問題である。

原発の利用による二酸化炭素削減について、北野進は、日本にはカーボンニュートラルを考慮して原発を再稼働させるべきと主張する人もいるが、実際には原発を増やすと同時に火力発電も維持する必要があるため、原発と火力発電はセットであり、原発は低炭素ではないと述べた。また、原発の再稼働が再生可能エネルギーの発展を阻害するとし、たとえば九州電力は川内と玄海の二つの原発を再稼働させた後、太陽光発電計画を減少させ、出力制御させた。

北野進は、台湾と日本は共に地震が多い国であり、次の大地震がいつ来るか、どこの原発を襲うかは、誰もわからないと述べ、能登半島地震を経験した立場から、台湾は原発を延命させるべきではないと呼びかけた。

彼は、来年台湾がアジアで初めて非核家園(核のないふるさと)を実現することを期待しており、これは日本の脱原発運動にとって最大の模範となるだろうと述べた。

***********************

【台湾立法院、原発延長法案を採決せず】

野党国民党は、第二原発・第三原発の寿命延長を求めて、原発延長法案を提案していた。立法院教育文化委員会は7月10日、原発延長法案(原子炉施設管理法の改正案)を審議したが、柯志恩議長(国民党)は最終的に、「さらなる議論が必要である」とし、採決を見送った。立法院の現在の会期は7月16日に終了し、次の会期は9月に始まる。

国民党など野党が数的優位で原発延長法案を可決することを恐れていた全国廃核行動平台(ネットワーク)は前日、立法院前で1000人が抗議集会を行い、法案の撤回を求めた。

第一原発2基、第二原発2基は40年寿命ですでに廃止となっており、第三原発1号機は7月27日に、2号機は来年5月17日に停止し、台湾は原発ゼロとなる。

7月9日、立法院前で1000人が抗議集会
4月27日 『427反核占拠行動10周年集会』「反対! 原発延長法案」

***********************

関連:『台湾廃核運動史』(NNAFJ事務局)

台湾は2025年5月17日、アジア初の脱原発を実現する
台湾の人々に学び、私たちも続こう

***********************

★ノーニュークス・アジアフォーラム通信189号
(24年8月20日発行、B5-24p)もくじ

・アジア初の脱原発実現を! ― 29年ぶりの台湾訪問 ― (北野進)
<北野進、台湾立法院公聴会・台湾大学などで講演、能登半島地震は「最後の警告」>
・環境団体が公聴会を開催、日本の元議員が能登半島地震の二つの教訓を共有
・能登半島地震で核災害避難問題が注目、北野進「台湾の原発は延命すべきではない」 
・台湾立法院、原発延長法案を採決せず
・ハンビッ原発寿命延長公聴会、6つの自治体ですべて取り消し (小原つなき)
・インド、マヒ・バンスワラ原発建設に対する村人の抗議 (デカン・ヘラルド)
・ジャビルカの貴重な文化遺産が永久に保護される 
  (グンジェイミ・アボリジニ・コーポレーション)
・ALPS処理汚染水を海に捨てないで! 海洋投棄を止める活動
  1000万円クラウドファンディングへの応援メッセージ
(デイブ・スウィーニー、非核バターン運動、キム・ヨンヒ、イ・サンホン)
・「海風宣言」 ― 2024 海といのちを守るつどい ― 
・パレスチナと8・6広島 (田浪亜央江)
・玄海町「最終処分場に関する文献調査」住民不在で受け入れ (石丸初美)
・能登半島地震から半年 (中垣たか子)
・新潟県柏崎刈羽原発をめぐる状況 (中山均)
・「再稼働するな!」の声が26年ぶりに女川の街に響きわたる、
  この力で11月再稼働を止めよう! (舘脇章宏)

ノーニュークス・アジアフォーラム通信は、年6回発行。購読料:年2000円。
見本誌を無料で送ります。連絡ください → sdaisuke アット rice.ocn.ne.jp 

【重要署名】老朽化した危険な原発を延長するな ー 原発延長法案反対、安全を最優先に!

*台湾の126団体による「全国廃核行動平台」は、3月11日、下記の署名運動を開始した。

台湾の老朽原発3カ所6基は、運転免許が満了(4基)、または満了間近(2基)で、法に基づく廃炉の実施、または準備段階に入っている。

しかし、今期の国民党の新立法委員(国会議員)らは、原発を延長させるための法改正を提案する予定であり、原発が再び政治的な攻撃と防御の焦点となる。


このため私たちは、立法院が「台湾社会が負担するリスクと代償」を明確にして社会的合意をする前に法改正を急ぐべきではない、と強い懸念を表明する。


私たちは、原発を延長できるかどうかの最大の鍵は、法的適用期間ではなく、老朽原発が人々に安全上の脅威をもたらすかどうかであると考える。核廃棄物の解決策はあるのか? そして人々は、延長による高いリスクと高額なコストを負担しなければならないことを知っているのだろうか?


このため、市民社会団体は、「原発の運転を延長するかどうかは、政治的決定ではなく、安全性を最優先にすべきである」と主張する共同請願を提案することを決定した。延長するかどうかについての議論が行われる前に、それが確認されることになる。

● なぜ危険で老朽化した原発の運転延長に反対するのか?

老朽原発には次のようなリスクがある。

  1. 原発の設備は老朽化が進んでおり、複数の故障履歴があり、核災害につながる可能性がある。
  2. 原発の敷地は活断層に近く、強い地震が発生すると核災害を引き起こしやすい。
  3. 台湾は人口が密集しており、核災害時の避難は困難で、対応能力がほとんどない。
  4. 原発の燃料プールは満杯で、使用済み核燃料を置く場所がない。
  5. 核廃棄物の最終処分場を見つけるのは依然として困難だ。

まず、3カ所の原発は、それぞれ安全性や核廃棄物保管の問題を抱えており、それらが解決できなければ運転を延期することは事実上不可能である。

次に、福島原発事故後、国際的な原発安全基準が大幅に改善され、原発の運転コストが上昇し続けている。老朽原発の運転を延長する場合、法律に従って老朽化評価報告書と安全分析報告書を提出することに加え、最新の国際安全基準を遵守し、老朽原発の改善に資源を投資しなければならない。議論するには、必要な時間と費用をより正確に見積もり、開示する必要がある。


最後に、核廃棄物が処分されない場合、原発は不当なエネルギー源であり、使用期間の延長によってさらに多くの核廃棄物が発生することになる。台湾は、適切な最終処分場をまだ見つけておらず、高レベル核廃棄物(使用済み核燃料)処分の法的根拠も欠如しており、高レベル核廃棄物は依然として原発内に危険な状態で保管されている。ランユ島の核廃棄物もまだ撤去されていない。核のゴミは、原発を使うか使わないかを決める最も難しい問題であり、与野党が責任を持って積極的に向き合わなければならない。

● 署名者は次のように主張する

与野党の立法委員と行政機関はイデオロギー論争から決別すべきだ。政治的な舌戦だけでは原発が安全かどうかを決めることはできない。

  1. 老朽原発の安全上の懸念が明確になる前に、また核廃棄物の解決策が見つかる前に、老朽原発を延期すべきではない。
  2. 行政院、経済部、原子力安全委員会は、最も厳格な国際基準に従って、原発安全分析、地質リスク評価、その他の報告書を提出し、運転延長のリスクとコストを完全に開示し、核廃棄物処分対策も提案し、それらを国民に公開して、社会的議論を行うべきである。
  3. すべての政党と立法委員は、自らのイデオロギーを脇に置き、国民に対する原発延長のリスクとコストを確認し、核廃棄物処分に関する立法を開始すべきである。