第18回ノーニュークス・アジアフォーラム(2018.11.13)での発表より
「バターンの石炭火力発電」
デレック・チャベ(非核バターン運動)
30年以上にわたって、フィリピンの人々は、バターン原発反対運動にまい進してきた。1985年6月には、完成した原発の稼働を阻止するために、フィリピン各地から結集した人々とともに立ち上がったバターン民衆が、地域ゼネストを敢行した。3万人以上の人々がデモ行進を行ない、マルコス軍事独裁政権の支配下にある軍隊・警官隊からの脅しにも屈せず、ヒューマンチェーンによるバリケードで戦車に立ち向かった。バターン原発の稼働は停止された。そしてこのバターン原発稼働阻止の闘いは、翌年の1986年にマルコスの独裁体制を崩壊させるピープルパワー革命へと続く道を切り開いた。
バターン原発に反対する闘いがおさめた歴史的な勝利は、多くの人々が結集し連帯して行なった運動の成果だった。しかしながら、バターン民衆は、反原発運動で勝利を勝ち取ったというのに、新たな怪物と向き合うこととなった。汚れた石炭火力発電との闘いだ。
バターン半島では、2013年にマリベレスで69万kWの石炭火力発電所が稼働を開始した。17年にはリマイでも60万kWの石炭火力発電所が稼働を開始した。さらに2か所が建設中である。このように、バターンは石炭火力発電所の集中地域となってしまった。
石炭火力発電所は、時代遅れで汚染をまき散らす技術であり、世界的な気候変動の危機にも悪影響を与えているというのに、残念なことにフィリピンにとって主要な電源の一つとなっている。
財政投資家たちは石炭火力に優先順位を置いている。バターン州の石炭火力分野での大規模な投資が、2010年よりベニグノ・アキノ3世政権下で、フィリピンの主要な財界の閨閥によって行なわれている。
これらの石炭火力プロジェクトは、その擁護者たちの意見によれば、バターン州における工業セクターの急速な成長の中で必要となる電力需要を満たすことができ、消費者には安い電力が供給でき、地域社会にも税収が増えることでメリットをもたらすと言われてきた。
しかし何年もの月日がたったが、約束されたような恩恵は届けられていない。周辺のコミュニティでの暮らしは、さらに悲惨なものとなった。肺がん・喘息・皮膚病などの健康被害、環境破壊、立ち退き、収入の途絶、商売のチャンスの減少など、石炭火力発電所の稼働によってバターン民衆が経験していることは、悪いことばかりである。
石炭火力発電所からは、有害な副産物が何百万トンも発生する。飛散灰、炉下灰、そして、水銀、ウラン、カドミウム、トリウム、ヒ素、その他の有害な重金属を含んだ煙道ガスの脱硫スラッジなどが、その操業によって生み出される。
バターンの人々は十分な情報にアクセスする権利を奪われている。さらに、これらの石炭火力発電所が周辺住民に与える影響に関しての説明と相談の機会も奪われてきた。石炭火力発電所に関する地元住民への説明会は、プロジェクトに賛成する人々だけに参加が限られており、情報にアクセスする権利や民主的な参加の権利などが全く保証されていなかった。
しかし、ここ数年の間、石炭火力発電に反対し、再生可能エネルギーを推進する運動が力強く高まっており、この州で石炭火力発電所が引き起こしている健康と環境の危機に関して国内外から大きな注目が集まるようになってきている。
Coal-Free Bataan Movement(石炭火力発電反対バターン運動)と連帯する様々な団体(KILUSANバターン、非核バターン運動、憂慮するリマイの市民、マリベレス市民ネットワーク協会など)が、バターン州での石炭火力発電所の拡張や石炭の貯蔵量の増大に、激烈な反対運動を展開している。そして、既存の石炭火力発電所を閉鎖して、太陽光発電など環境破壊や健康被害を引き起こさない自然エネルギーの発電所へと転換することを求めている。
残念なことに、強まる反対運動に対して、石炭業界や政府内にいるその支援者らは、嘘や、歪曲や、暴力的な恫喝や脅迫で応じている。あろうことか、私たちの偉大なリーダーであったグロリア・キャピタンが暗殺された。彼女は孫を愛する祖母であり、海産物を売って生計を立て、石炭火力発電所反対運動の中で先頭に立っていた57歳の女性だった。彼女は覆面をしてバイクに乗った二人の男から銃で撃たれて、家の前で亡くなった。2016年7月1日のことだった。その日は、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が就任した日でもあった。
だが、1985年に地域ゼネストでバターン原発を閉鎖に追い込むことに成功した非核バターン運動の素晴らしい遺産を引き継いだ今日のバターンの若い環境活動家たちは、石炭火力でも原子力でもない清潔で安全なエネルギーの未来を求めてたたかい続けている。
■ バターンで石炭火力発電所が、環境、健康、社会経済にもたらしている影響
石炭火力発電所は、バターン州に経済的発展をもたらすと喧伝されてきたが、周辺のコミュニティで暮らす人々の健康や環境に深刻な悪影響を与えるのに十分なほどの量の汚染物質を空気中や水中に排出している。石炭火力発電所による日常的な汚染や、毒性に満ちた物質を見れば誰にでもわかる。
マリベレスとリマイでは、石炭火力発電所の稼働が始まって以来、周辺のコミュニティの人々はさまざまな負のインパクトを経験し続けている。
発電所から排出されるもややスモッグで、昼間であっても不快で薄暗い空が見られることが頻繁にある。そして雨が降ると、黒ずんで悪臭を放つ雨粒が降り注いでくる。それが下痢や腹痛の原因になっていると周辺住民は話す。発電所が来る前は、人々にとって雨水はとても大切な資源だった。十分な水が供給されていなかったころ、人々は家事を行なう際に、たとえば掃除、洗濯、入浴、なんと料理にまで雨水を活用していた。今は、もはやこうしたことは不可能だ。雨水が汚染されてしまっているからだ。
外を歩いてみるとわかるが、そこかしこで異臭がする。住民たちはいつも、むかつくような、刺すような異臭に悩まされている。それはまるで殺虫剤と腐った卵を混ぜたようなにおいで、子どもにとっても大人にとっても片頭痛や喘息の引き金になっている。空港に匹敵するほどの騒音公害も、発電所周辺のコミュニティにとって深刻な問題である。うるさくて眠れないという声が絶えない。こうしたコミュニティでは、騒音だけではなく地面が揺れるほどの振動もよく起きているそうだ。
コミュニティにもたらされるはずだった利益はほとんど実現しなかった。このプロジェクトが地元の環境や人々の健康や生活にもたらした深刻な被害は、あまりにもひどい。この種のプロジェクトが存在し続ける限り、現在立ち現れているような破局的な大気汚染の危機は切迫したままだ。
これまで述べてきたことがら以外にも、地元の人々の家が破壊されるという事態も起きている。リマイやマリベレスでは、工業団地の建設と拡張が計画されているため、人々は立ち退きや家の破壊に直面させられている。
リマイで18000人の人口を擁するラマオ村は、この工業団地拡張によって影響を受ける地域の中でも最大のコミュニティである。実際に、いくつもの集落の住民たちが、不正な立ち退き戦略に直面させられている。役所に呼び出されたり、ペトロン社やサンミゲル社などが雇った警備員によって嫌がらせを受けたり、不法侵入の罪で訴えられて裁判にかけられている人もいる。
ごく少数の例外を除けば、地元の政治家らは、立ち退きの憂き目にあっている住民たちの嘆願や苦情をまともに受け取ろうともしていない。彼らは、地元住民の苦情は「単なる政治的な策略や謀略である」として、住民を侮辱することも多い。
これらの石炭火力発電所のプロジェクトによって約束されたはずのいわゆる「発展」は、思っていたのとは反対に、人々に悲惨さだけを運んできた。
バターンの石炭火力発電所は、源となっている。何の源かと言えば、人々の健康状態を悪化させ、環境を破壊し、より多くの温室効果ガスを排出して世界の気候変動危機を強め、重篤な人権侵害を引き起こし、殺人もいとわないような弾圧、そういったすべての源だ。
地域のコミュニティは、大企業の利益のために犠牲とされて、苦しみを余儀なくされており、この国にとっての真の意味での発展や進歩が棄損されている。この真の意味での発展や進歩とは、公正で、平等で、汚染がなく安全で再生可能なエネルギーに基づくものでなければならない。
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★ フィリピンのサンミゲルビールをご存知でしょうか。フィリピンでシェア95%のナンバーワンビールです。このサンミゲル社(SMC)は、ビールをはじめ清涼飲料や洋酒や食料品を扱う巨大企業でしたが、2000年代から経営の多角化に乗り出しエネルギー事業にも参入しました。バターン州で公害を引き起こしているリマイ石炭火力発電所を実質的に所有しています。マリベレスで環境アセスメントの準備が進む石炭火力発電所も、サンミゲルによるものです。私的なガードマンを雇って住民に嫌がらせをするなど卑劣な手口も明らかになっています。
実は日本のキリンホールディングスが、2008年にサンミゲル社のビール事業子会社サンミゲルビール(SMB)の株式の43%を取得しています。「アジアのリーディングカンパニーをめざす」「おいしさを笑顔に」などのスローガンを掲げるなら、石炭火力の公害問題に目をつぶるべきではないと思います。
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★ノーニュークス・アジアフォーラム通信156号(2月20日発行、B5-24p)もくじ
・フィリピンの反原発運動の歴史と現在 (非核バターン運動)
・バターンの石炭火力発電 (デレック・チャベ)
・イスタンブール反核プラットフォームが記者会見:「原発は高コスト」 (森山拓也)
・日立が英・原発輸出凍結を正式決定! 現地からも喜びの声 (深草亜悠美)
・台湾の脱原発政策と原子力維持勢力の巻き返し (鈴木真奈美)
・市民放射能測定所が描いた汚染地図 (大沼淳一)
・老朽原発の運転延長阻止を突破口に原発全廃を!(木原壯林)
・関電の約束が守られなかったのだから、西川福井県知事は「大飯原発の停止」を求めるべき (東山幸弘)
・断末魔の悲鳴・落日の原発 (三上元)
・「日本の原発輸出計画、全滅! ― ベトナム・トルコ・ウェールズ、現地の人々の視点から―」大阪で開催しました
・第1回ノーニュークス・アジアフォーラム記録映像
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