反核団体、BNPP復活反対を訴え 「ウェルガ・ン・バヤン」40周年集会 

過半数が若者たち

The Guilds 5月20日

バターン州の複数の市民団体および宗教団体が、BNPP(バターン原発)の復活計画に反対するため、「ウェルガ・ン・バヤン(Welga ng Bayan/民衆ストライキ)」40周年記念集会にて抗議活動を実施した。これはBNPPが地域の健康と安全に重大な危険をもたらすと強調するものである。

6月19日、バターン州バランガ市で、1985年の行動に参加した18名を含む、130名以上の様々な分野の活動家がこの記念集会に出席した。(訳注:過半数が若者たち)

非核バターン運動NFBM(Nuclear-Free Bataan Movement)は、声明で「ウェルガ・ン・バヤンは、BNPPの運転停止を実現させた民衆の団結の象徴である」として、「ベテランと若手の活動家が集まった今回の集会は、過去の教訓とバターンおよびフィリピンの安全かつ持続可能な未来への共通の誓いに根差した、抵抗の遺産の継承を示すものである」と述べた。

BNPPに関する最近の動きに対し、集会参加者たちは、封鎖されていた原発の復活計画およびそれがもたらす健康・安全上の脅威に深い懸念を表明した。

No, No, No,  No to Nuclear’

反核活動家たちは、BNPP復活計画に対し批判の声を上げ、当原発には構造的欠陥、活断層に近接することによる地震リスク、安全対策の不備など、深刻な問題があると指摘した。

NFBM会長で1980年代からの反BNPP活動家であるダンテ・イラヤ弁護士は、「再生可能エネルギーへの移行にこそ注力すべきである」と訴えた。

「1986年に封鎖されたにもかかわらず、現在の政権がいまだにBNPPの復活を検討していることは憂慮すべきことである。我々が40年前に反対した理由は、今なお有効である。BNPPは危険かつ高コストであり、その代償を負うのは最前線に立たされるバターンの人々である」とイラヤ氏は述べた。

「歴史的なウェルガ・ン・バヤンから40年が経過した今、この闘いは世代を超えており、多くの若者がこの抗議活動に積極的に参加している」

「バターンの人々、そしてフィリピンの未来を担う世代が享受すべきクリーンエネルギーは、決して軽視されてはならない」と、イラヤ氏は締めくくった。

1985年 の「ウェルガ・ン・バヤン」とは

BNPPは、1970年代に故マルコス大統領の独裁政権下で建設された、東南アジア唯一の原発である。出力62万kWの本施設は、フィリピンにおける原発導入の初の試みであった。

1985年、マルコス政権が崩壊する前年の6月18〜20日にかけて、33,000人以上の地元住民が集まり、原発稼働に反対する抗議行動を展開した結果、同原発は稼働前に封鎖された。

元抗議参加者の1人、チョナ氏はインタビューで以下のように語った。「当時労働者として働いていた私は、原発が危険であり、私たちには必要ないという人々の声を聞きました」

ウェルガ・ン・バヤンを記念する集会は毎年開催され、バターンの反核闘争の象徴となっている。

ウェルガ・ン・バヤンを劇で再現

原発政策の現状

マルコス・ジュニア政権下では、今後のエネルギー需要増加に対応するため、原発を導入する計画が進められている。

大手電力会社マニラ電力(Meralco)も、BNPPの復活に向けて、2025年の「ギガ・サミット」で副社長ロニー・アペロチョ氏が、「年内にBNPPの実現可能性調査を完了する予定である」と述べた。

これは、韓国水力原子力株式会社(KHNP)と提携し、2024年1月よりBNPPに関する実現可能性調査が開始されたことを受けたものである。

アペロチョ氏によれば、「BNPP復活が実現可能であれば、フィリピンが2030年代に原発を導入するための最短ルートとなる」としている。

「原子力ロードマップ」では、2032年に120万kW、2035年に240万kW、2050年までに480万kWの原発導入を段階的に進める計画が掲げられている。

また、6月9日には、法案第2899号「フィリピン原子力安全法」が国会上院で可決され、「フィリピン原子力規制庁(Phil ATOM)」が設立されることとなった。この機関は、原子力施設に関する認可、立地、建設、監督の中枢機関となる。

フィリピンの「国家エネルギー計画」には、「2032年までの原発建設」が盛り込まれている。